わかりやすさ、わかりにくさ

わかりやすさは、わかりにくさより大事かもしれません。
ポピュラリティって言うんですか? 多くの人に簡潔かつ迅速に伝えるなら
そりゃもう単純明快な特徴を前面に押し出したほうが効果的だと思います。
でも、それって一時的じゃありませんか? ある種の中毒を期待するなら
効果に即効性が必要だけど、中毒自体に慣れたら飽きるわけですよね。
まぁ、何をもってわかりやすいか、またはわかりにくいかとするかがキモですが。
頓珍漢にとっ散らかった話で恐縮です。え~と、一昨日の間の昼のことです。
駅前にあるいくつかのラーメン屋の中で、まだ行ったことがない
担々麺が売りの店に入りまして、黒胡麻担々麺なるものを頼んでみたわけです。
気まぐれで。そしたら山椒がきっついきっつい。思い出しただけで嫌な汗が出る。
ほのかに漂うくらいでも印象に残る味わいじゃないですか、あの香辛料は。
けれど量が多いのか、口に入れた瞬間すべての味覚を奪い、しかも舌先が痺れ、
何を食べても味がしなかった。他の素材がわかりにくくなった。
それでいいのかねぇ。そういうものなのかねぇ。いやいや。
その晩に行った『安穏 戊』で出してくれたウニの西京味噌和えは違った! 
粒感からウニの鮮度が判明。そんな新鮮なウニならそのままでもいいのに
あえて西京味噌とコラボすることで旨味を増幅させたというか、
味噌をからめる理由が伝わってきた。
しかもごくわずかながら山椒も入っているそうな。う~む。
ある意味でわかりやすいんですね。山椒攻撃とは別世界的に。
ただの好みの問題かもしれないけれど、それを判別するために
誰かを巻き込むならウニのほうだけ食べさせたい。優しいでしょ?