希望とセットで

昨日の午後は、6年前の地震が起きた時間に合わせるようにして
テレビ局各社が特番を組んでいました。すべてに目を通せるはずがなく、
また1局に集中することもなく、やっぱりそういう構成になるよなと、
それとなく画面を追いかけていました。
あの当時の僕はテレビで流れる津波の映像に釘づけでした。
他にすることがあったのかもしれない。でも、見ずにはいられなかった。
今になって、それはなぜだろうと思うんですね。
たぶん、それ以外にすることがなかった。
そして信じ難い映像に触れるたび、気力を奪われていった。
そうだったなら見るべきではなかったし、
見ない勇気を持つべきだったのかもしれない。
あれからそれなりに時間が経過し、だからこそ忘れてはならないと
終わらない悲しみという現実を伝えるのも大事です。
が、希望とセットであってほしいと思います。
これはメディア批判ではなく、自分に向けた戒めとして。
希望の意味と向き合うことを怠らずに。