共感

あらゆる表現手段には共感が大事だと言われますよね。
失恋の歌が響くのは、やっぱり悲しい失恋をしたからこそだし、
時に共感の深度が高まると、「それってもしやオレのこと歌ってんの?」と
思ったりします。そこまでの失恋はしたくないけど。
でも、草食系と呼ばれる若い人たちが総じて恋愛に興味を持たなくなったら、
共感ベースの失恋の歌は流行らなくなりますね。
それはそれでさびしい世の中になる気がするけど。
様々な方に会いますが、それぞれの仕事や立場のすべてに共感できる
わけではありません。たとえば会社の社長さんが抱える立場的問題などは、
社長になったことがない僕には本質的に理解できないからです。
ただ、いろんな問題に対する考え方なら共感できる部分があります。
そこには個性が反映されるからです。
そしてその理解には、僕なりの人生観というようなものが必要です。
要するに経験値ですね。しかも意外にシンプルな領域で、
それは善や悪の基準だったりします。
基準が真逆なこともあるけれど、明確ならそれでOK。
相手の善が僕の悪なら、そこには相対的共感が生まれると思うんですね。
あるいは感心や感動が芽生えるかもしれない。
となると、やはり人生は深みを伴ったほうがいいし、
それなりの時間を要したほうがいいということになり、
結論としては"歳は取るべきだ"になるのでしょう。
悲しい恋の数が多いほど失恋の歌が響くように。別に失恋したわけじゃなく。
共感に付随するのは共感力だそうです。
「この人なら自分に共感してくれる」と思わせる力。そうだよなあ。
個々のあらゆる経験を共有できるわけじゃないなら、
相手の肩にそっと手を添えるみたいな力があったら、
もっといろんな話を聞けるかもしれない。
共感力、オレ持ってるのか? ただ歳を取ればいいって話じゃないな。