不寛容と現場

今日は二つの言葉が響きました。一つは「不寛容」。
その発信源が社会正義なのかモラルの徹底なのかよくわからないけれど、
失敗どころか小さなミスさえ許さず、揚げ足取りに心を砕き続けるという
世間の風潮にはまったくうんざりしますね。
いつからこんなことになってしまったんだろう。あ~嫌だ。
もう一つは「現場」。ある俳優さんは役者以外の職に就いたことがないので、
いわゆるサラリーマンの働き方がわからないそうです。
それでも会社員を演じるんだからさすがという他にないですけどね。
体感的に未知なのが、仕事の切れ目。
役者には全力を投じる「現場」があるけれど、サラリーマンにはなく、
それでどうやって気持ちを切り替えるのだろうかと困惑しておりました。
僕の場合は、そうして様々な人の話を聞くのが「現場」に相当するので、
確かにおっしゃる通りだなと感じた次第です。
二つの言葉に関連性はありません。
文字通り異なる「現場」でそれぞれに聞いたものですし。
ただ、半ば無意識のままこの国を締め付けている昨今の「不寛容」は、
「現場」から離れた場所で時間差と匿名性を利用して
遠隔操作的に行われているような気がします。それが気持ち悪さの源ですね。
許容も反発も、まずは「現場」をその目で見てから判断しろよと、
現場好きの僕はそう言いたいです。