応じぬが花

「死んだほうが楽なんだけどねぇ」などと電話で言いのける母親の言葉を
どう受け止めるかは、たぶん僕に課せられた試練のようなものだと感じました。
さすがに82歳。あちこちガタがきているようで、思い通りの動けぬ苛立ちは、
あるいは恐怖に変っていくのかもしれません。
だから倅としては、いくらでも深刻に受け止めることはできます。
でも、流すのです。本人が本気で深刻に語った言葉じゃないとわかるから。
「まぁ、そりゃそうだけどさ」と軽くいなして別の話題にすり替える。
少なくとも現時点ではそれがベストだろうと判断しています。
ある社長さんは新たな取り組みに乗り出し、さらに責任が重くなりました。
もはや前進あるのみ。
「もし失敗しそうだったら、死んじゃえばいいですよね。
物理的な停止はどうにもやむを得ない事態だし」
この言葉も流すのが妥当と判断しました。
それが責任回避の常套手段だと本気で考えているわけではないから。
言葉の裏側には、人生を賭けるという強い意志が秘められているのでしょう。
それでもやっぱりこういう場合は、応じぬが花でしょう。
軽々しく死について語るものではないかもしれません。
ただ、口をついて出てしまえば、それはそれで
痛みや苦しみを和らげる処方箋になる場合もあるような気がします。