過剰にならない世界

Tシャツの裾からわずかに糸が出ていたような、とても些細な話です。
先日の都議選。午後6時過ぎの投票会場は人もまばら。
入口で入場整理券を渡し、投票用紙をもらい、小さな秘密を打ち明けるような
仕切りの狭い机に向かおうとしたら目の前に車椅子の人。実は会場に入る前から
気付いていました。だからそのままその人の後に続こうとしたら、
係員が手を出して僕の動きを制したのです。
正直に告げます。0.002秒の間だけ「む」となりました。
何がどうあれ順番は守るし、ましてや車椅子を押しのけたりしない。
さらにその後で係員は、車椅子の人が机に向かったところで手を下げ、
僕に会釈しました。「ご協力ありがとうございます」ということなのでしょう。
再び正直に言います。過剰なのではないかと。
けれど係員にすれば、一連の行動は当然の気遣いとして取った、
ある意味で自然なものだったのかもしれません。
あるいは僕の風体に何かしらの危険を察知したのかもしれない。
その程度の推察は0.001秒で可能なので、何かを抗う必要などなく、
その場の流れに乗りました。
が、何となくあのシーンがほつれた糸のように気になっているのです。
取り留めもなく、どうしたらいいんだろうと考えてみて、
おそらくは互いにもっと慣れる他にないんだろうという
曖昧な答えしか見出せていません。
過剰にならない世界。
言葉にすると重苦しいけれど、およそそういうことだと思うのですが、
どうでしょう。