短冊に触れて

そして七夕。よく行く飲み屋さんでは数日前から笹が用意され、
短冊風に切り分けた折り紙に何か書くよう、それとなく促されます。
その場では、その日のカウンターで飛び出した笑い話に属する、
どうでもいいことを記しておきました。まぁ、ノリです。
でも本来は、願い事を書く。
願い事、ねぇ。
取り留めもなく何を書くべきか考えてみたのですが、
おそらく短冊に綴る事柄は、
確率はさておき実現しそうなことじゃない気がするんです。
書いたところで叶うはずがないからと言ったら興醒めですけど、
心の底にある本当の願いというのは、ほぼ祈りというか、
叶わないからこそ願いなんじゃないかと思うのです。
たとえば、亡くなった人に会いたいというのが願いだとしたら、
その現実性はやっぱり皆無ですよね。
けれど、たとえ叶わずとも願いとしては消すことができない。
何が言いたいかというと、短冊に触れて気付いたのは、
自分の中にある祈りや願いを知ることだろうと。
僕も再確認しました。でも、ここでは書きません。
なぜなら、これは短冊じゃないからね。