どこかで誰かが見ている

朝一の仕事を終えて地下鉄へ向かうと、階段の手すりに雑巾を当てて
掃除している人を見ました。それらしい作業着をまとっていたので、
たぶんそれらしい係なのでしょう。いろいろ思いましたよ。
もちろんご苦労様が最初で、こういうていねいさは日本だけかもとか。
そして今でも考えているのは、
あの人はどんな思いであの仕事をしていたんだろうか......。
特別な段取りや技があるのかもしれないけれど、
何というかそれはスペシャルな作業ではないはずです。
手すりの汚れを取ればおおむねオッケー。
それに拭いたそばから誰かの手垢がつくだろうから、
適当にやったところで短期的には大きな問題にならないかもしれない。
あくまでこの階段の手すり掃除はひとつの象徴にさせてもらいますが、
僕らの日常にもそういう仕事はありますよね。
自ら手を挙げたいわけではない。他の人に代わってもらっても差し支えない。
それでも自分に順番が回ってきたらどうするか。
折に触れ何度か書いていますが、フリーランサーになりたての頃、
ある有名な書き手に聞いたことがあります。
一人でやっていく上でもっとも大事なことは何か?
「どんな仕事もどこかで誰かが見ている」
僕はこう解釈しました。だからこそどんな仕事も手を抜くなと。
短時間しか見ていないけれど、地下鉄の手すりを掃除していた人の仕事は
実に丁寧でした。だからね、最初にご苦労様と思ったのです。
口に出すことができていれば、もう少し上級の人間になれたかもしれない。