コミュニティって?

ボランティアに参加している若い人たちと話す機会がありました。
定型質問のひとつに「なぜ始めたか?」があります。ゆえにたずましたが
全員に共通していたのが、「何かいいことをしたかった」と
「コミュニティを持ちたかった」でした。
でね、その場では口にしなかったけれど、後者の「コミュニティ」には
引っ掛かりというか違和感を覚えてしまったのです。
コミュニティって何だろうね。共同体という訳が正解に近いのでしょうが、
ある女性は「会社勤めをしてからはコミュニティが狭くなってしまい、
違う世界の人との接点や出会いが欲しくなった」と
ボランティア参加の理由を話してくれました。
そんな用法に鑑みれば、僕は「仲間」でいいんじゃないかと思ったのです。
こういう話をするとジェネレーションギャップの問題で済まされそうです。
そうかもしれない。ただ、みんな判で押したように「コミュニティ」を
口にしながら、その「コミュニティ」が得られたのか、
得た上で自分にどんな変化が起きたのかはすんなり話してくれなかった。
そこが気になったのです。
曖昧だったものに言葉または名前が用意されると非常に便利です。
特にカタカナ語はその特性が顕著です。
でも、言葉や名前を持ったことで曖昧でよかったものが削がれ、
本質から離れたところで言葉や名前だけが独り歩きすることも多々あります。
その線でいけば「キャリア」や「ライフ・ワーク・バランス」も苦手です。
いやまぁ、言葉なんてナマ物だからどっちでもよくて、
本音を言えば既成の用語にとらわれない人の話が聞きたいなあと。
勝手ですけどね。

オオフチさんの『NYほかけ舟』更新。彼の地、涼しさが増しているそうな。