昔はそうだった

年齢を重ねるほどに過去の分量が増えていきます。
それは要するに体験量の増加と同義で、若い人からは
「経験値が高まるからいいことじゃないか」と思われたりします。
確かにそう。何か物事にぶつかった瞬間、ぱっと頭にいくつかの
迂回ルートが浮かんだときなどは歳をとるのも悪くないと感じます。
けれど、経験が邪魔をするという、実際に歳をとるまで
気づきもしなかったことがあるんですよ。要するに思い込みです。
特に厄介なのは、「昔はそうだった」の類。
「あの頃はよぉ」なんて斜め上に視線をずらして語り始めるオヤジにだけは
なりたくなかったのに、実際に「あの頃はよぉ」と口に出さないまでも、
心の中ではほぼ必ずぼやくようになった自分が情けない。
いわば木と森ですね。記憶という大きく茂った森の中から、
ただいま成長中の現在という木を見るのを面倒臭がる。
実際に老眼が進んじゃうし。
時事は避けるべきですが、大相撲に関する謎だらけの事件も、
「昔はこんなことがよくあった」という要素が潜んでいるようです。
あの巨体同士が街中でケンカされたら今も昔も迷惑だけど、
「言わぬが花」が「言ってこそ花」になった現代では核心を隠し通せないらしい。
かつての秘密は、すべてスキャンダルに名を変えた。
やれやれ下品なことだとぼやくのも、
「昔はそうだった」の範ちゅうに入るのでしょうね。