#8 旅の終わり。これからも続く記憶

どんな型にこれから街を復興していくのか。

一刻も早く元通りにして、以前の暮らしを取り戻したい人。
津波が怖いから土地全体に土を盛って嵩上げしてから街を再建してほしい人。
海岸線に何十メートルという高さの頑丈な防波堤を築くことで、経済的復興と一石二鳥を考える人。
多くの犠牲者の魂が今もそこにあるから、もうこの場所には住めないという人。
高台に越したい人。
津波で被災した事を皆が忘れないように、復興のシンボルとなるように、街の真ん中に取り残された巨大な船をそのまま残そうという人。
一刻も早く被災した苦労や恐怖、悲しみを忘れたいから、記憶につながる全ての物の撤去を願う人。

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「千年後の命のために、今できる事を精一杯やろう」と、過去の津波の記録を洗い直し、今回の津波の記憶を後世に伝える方法を検討する高校生達。
ちなみに、広島の原爆ドーム。大戦終結後、早く悲しい出来事を忘れたいと願う市民の願いから撤去の方向で話がまとまりかけた時、後世が二度と同じ過ちを犯さぬようにと、広島の高校生達が保存を要望する署名活動などを組織し、現在に至ったという経緯があるそうだ。保存が決定したのは、終戦から約20年後のことらしい。

ペンションのおかあさんのように日々前向きに生きられている人は、ひょっとすると、まだ恵まれているのかもしれない、いや、たとえ仮設住宅に住む事を余儀なくされている人々の中にも、必死にこれからと向き合っている人はたくさんいるだろう。反面、今も塞ぎ込み絶望の中、路頭に迷っている人も数限りなくいるはずだ。

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僕には、東京での暮らしがある。復興のために投げ打てる財産もなければ、身を投じる気概もない。散々分かったような事言っといてなんだと思われるかもしれない。
でも、こういった現実が、今の東北に確かに存在するという事を僕は今、知っている。もちろん、まだまだ認識は足りていないだろう。それでも、今回の旅で骨身に染みた自分の恥ずべき無関心さと、目にした被災地の深刻さを一人でも多くの人に話していきたい。そして僕と同じように知っているつもりだった人の目を開かせることができたらと思う。実際に行ってみようと思う人が増えたら、自分事として捉え直す人が増えたら、復興になんらかの良い影響を及ぼせるのではないか。
今現在、立ち上がる事ができている人達はもちろん、まだ、立ち上がる気力すら湧かず、早く忘れ去りたい記憶と格闘している人達だって、被災地の事を僕らの記憶から忘れ去って欲しいと願っている人はいないと思うから。
決して風化させてはならない現実が、今そこにある。

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