14歳の冒険

「冒険したい!」
文言だけなら勇ましさを感じるけれど、その背景にある感情を察したら、どう応じていいかわからなくなりました。
なぜか最近は、10代前半と話す機会が増えています。冒頭のセリフを口にしたのは、中高一貫校に通う中学2年生。なので、少し前に彼女と似た経緯をたどる小6にたずねた質問を振ってみました。来年以降の高校でも同じ通学路を使うのって、どうなのと。
「すでに退屈。この先も同じ場所で授業を受けるのもそう」
パンと答えが返ってきたので、直近で不満を意識するような出来事があったのかもしれません。
「だから、何か、冒険したい」
なるほど。そりゃ14歳ともなれば退屈ないしは窮屈を感じるはず。それらを忘れられる行動を取ってみたいわけだ。しかし彼女の悩みは、冒険したい意欲の発見で解決されるものではありませんでした。
「なのに、どこに冒険したらいいか、わからない」
頭のいい子なので、よくよくわかっているのでしょう。自らの意思で、ここではないどこかへ飛び出していきたい。でも、ここではない理想の場所が見つかっていないだけでなく、仮に見つかっても今の幼い自分では飛び出していくことがままならない。そんなモヤモヤした思いを、勇ましさが滲む「冒険したい」という言葉で表してみたのでしょう。
冒険って何なんでしょうね。常に危険と隣り合わせ。ゆえに、無事に帰還できれば冒険と称されるけれど、アクシデントに見舞われ途中で断念したら暴挙と指摘される。つまりは命がけの旅。
いやいや、中2の彼女が求めているのは、そこまで大仰なものではありません。日々の退屈を少しでも小さくしてくれるような、非日常的な出来事なのでしょう。他方、窮屈な学生時代を終えた大人もまた、日々の中で同じようなものを求めます。ということは、何歳であれ常に渇きを覚えるってことなのかな。
とは言え、そういうもんだよと諭してみたところで、10代前半の子たちは納得できないでしょう。というより、彼女たちはそもそも答えを欲しがっていないのかもしれない。
そんな結論に達すると、実に曖昧に「そうなのか」とつぶやくしかなくなります。いろいろ話してみたい年代なのだけど、たずね方が難しい世代でもありますね。有体の常識で核心が凝り固まっていない人たちだから、インタビュアには高度な思いやりが必要になるんだろうと思います。精進せねば。

月曜日の満月。薄雲に霞む姿も風情あり。

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