何でも勝負事

「何でも勝負事にするな」というのは、子供っぽい感覚をいさめる指摘でしょうけれど、その後の振舞い方がわかりやすくなる点で、勝ち負けで判断したほうが楽なケースは案外多いんじゃないでしょうか。
たとえば、遅刻。それだけで試合の決着がつくわけではないにせよ、約束に間に合わないほうは、現場に到着するまでの間、苦い劣勢の気分を味わい続けなければなりません。そしてまた皆と同じ席についてからも、挽回のチャンスをうかがう必要に迫られる。
なんて状況は、冷や汗の連続です。インタビューの仕事では、まずはこちらのペースで取材を始め、相手の出方をうかがうのが勝利の方程式。なので、理由が何であれ相手を待たせた時点で、0対10に匹敵する危機的状況からの試合開始を覚悟しなければなりません。もちろん先方にも失礼ですし。それゆえ、少なくとも仕事で遅刻だけはしないというのが、僕の絶対的ルールになっています。本音のところでは、負けた気持ちになるのが悔しいから。
対して相手が遅れた場合は、これまた正直に言えば、心の中で「勝ったな」とほくそ笑ます。ただし優位に立ったほうは、相応の余裕を見せる義務があるとも思うのです。それこそ勝ち負けじゃないし、劣勢に回る遅刻などしたくないのは皆同じだから
そこで優位者が試されるのは、劣位者(?)に向けた言葉選び。遅刻中の人は、謝罪の弁と遅れる理由、さらには現時点の状況を伝えることが義務だと思い、様々なメッセージを送ってくるのが常です。それにどう応じるべきか。
ついこの間は、いろいろ考えた末、個々のメッセージに細かく返信するのではなく、「大丈夫」とか「安心して」といった平たい言葉だけを伝えてみました。すると、酸いも甘いも知り尽くした長老の気分になれて、ちょっとうれしかった。
なぜか最近になり、余計なことを言わないのが大人の振舞いなんだと、しみじみと実感する機会が増えました。おそらく、口にしなくていい言葉を吐くほどに自分の優位性が落ちていく事実と、それは試合巧者が取るべき戦術ではないことが、ようやく体感できたのかもしれません。
そんな具合に、何でも勝負事でくくってみました。わかりやすいと思うのだけど、どうですか?

それとなく日差しが強いほうに意識が向いているよね。

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