当事のリアルな気分を知りたいという話です。前に書いた覚えがありますが、1876年(明治九年)3月28日は、時の政府が廃刀令を発した日。要は武士の魂とされた刀を持ち歩くのを禁じるというお達しでした。
明治初期は、江戸時代から一気に変わろうとたくさんの廃止策を打ち出した時期でもあります。藩を県に置き換える廃藩置県は1871年(明治4年)。古い暦を捨て、現代の暦に改めたのが1873年(明治六年)。同年には、旧藩の軍事要塞として全国に建っていた城のほとんどを売却または廃棄することを伝えた廃城令も出ました。
新しい元号になってわずか数年で、ここまであれこれ廃するというのも、なかなかの慌てぶりです。けれど大改革を実行するなら、畳みかけたほうがよかったのかもしれません。でないと、長く特権を享受してきた武士階級の不満を押さえ切れないだろうから。ゆえにたぶん、廃刀令が発せられた頃には、もはや武士の方々も時代の波に抗う気力が失せていたんじゃないでしょうか。
一方、武士ではなかった一般市民にしても、世の中がめちゃくちゃ動いている実感を覚えたはずです。そのときの気分みたいなものを歴史の授業で教えてくれたら、年号や事例の記憶に鮮やかな色がついた気がします。
廃刀令から64年後の1940年(昭和十五年)の今日。ウィキペディアによれば、これまた時の政府が促した敵性語の追放と言い換え運動によって、十数名の芸能人が改名を迫られたそうです。敵性語とは、日中戦争から太平洋戦争で敵国となった英米の言葉。英語ないしはカタカナ語のことです。
改名させられた芸能人のひとりがディック・ミネさん。僕にしても晩年しか知りませんが、この方のディックは男性器の俗語にちなんだらしいんですね。それをどう日本語に言い換えたのか興味が沸きますが、ごく普通の日本人名にしたそうです。
今から思えば、暦とした大人が考えるには極めてバカげた話としか言いようがありません。しかし相応の罰が下されるとなれば国民は従わざるを得ない。その背景にあったのは、戦争でした。昭和の敵性語はまさにそうだし、明治初期の変革にしても、外国の脅威に対抗する軍国主義化の早期確立が軸となっていた。
もちろん明治と昭和の取り組みを並列にはできないけれど、それでもやっぱりダメなんです。国を守ると言いながら、国民の自由を奪う戦争は。行き着くのは常にそこなのに、それでも対立がなくならない時代の気分は、昔も今も同じでしょうか。

ことごとくクレーンが目に入ります。入りませんか?



1枚だけ残っていたホーム端っこ写真。これを見ただけで駅名を当てられる人がいるのかな。




