幻かもしれない駅そば

あえて時間をつくり、気になっていた駅そばに行ってみました。
JR品川駅13番線。このホームは、定期的な電車利用をするようになってから頻繁に使うようになりました。わりと殺風景なんです。外国人客の利用が多い成田エクスプレスも発着するから、もう少し明るくてもいいのにと思うけれど、JRのデザインはそんなものかもしれません。
さておき、その13番線の東京駅寄り最前まで歩いていく途中に、その駅そばがあります。ぽつんと佇むみたいにして。立ち寄ってみてわかったのですが、そば屋の看板はとなりの12番線に向けて示されているので、13番線と同じホームの14番線側を歩いていると、かなり近くまで来てようやく存在に気づける造りなのです。
それよりも不思議なのは、それほど地味な駅そばがまだあったこと。JR品川駅を利用する方ならご存じでしょうが、この駅は改札内に和洋の菓子店や様々なレストランが軒を連ねています。だから飲食は、エキュート品川って名前だっけ、すべてそっちに集約されているもんだと思っていました。
でも、その駅そばはそこにあるのです。あらゆるものから取り残されたように、ぽつんと、ひっそりと。
最近は見かけなくなった気がします。ちょっとだけ調べたら、コロナ禍による利用客激減や人手不足といった、飲食業界全体が抱える問題に加えて、駅ビルの再開発、ホームドアやエレベーターの設置に伴う強制退去など、鉄道ならではの理由によって駅そばが減少しているんだそうな。
おそらく、時代が移り変わっていく中で、なくなってもいいものかもしれません。そう思ったら寂しくなるじゃないですか。だから縁あって13番線を使うなら、一度は寄ってみたかったんです。
お店を特定してしまったので、下手なことは言えません。その上で語れば、僕がよく知っている、それらしい駅そばでした。それらしいとは、電車が来るまでの間に、速くて安くて安定した味を提供する駅そばの使命をしっかり守っている、という意味です。決して不味くはない。しかし特別に美味しいわけでもない。そこにも一切の不満なし。ただ、店のおばちゃんが帰り際、「いってらっしゃい」と声をかけてくれたのが格別にうれしかった。
そう書いてみて、実は幻の駅そばだったんじゃないかと思い始めました。また13番線を歩いたとき、まだあってくれたらいいけれど。

その駅そば、14番線側を歩いていくと、こんなふうに見えます。幻っぽいでしょ。

これもダメかもしれない言葉選び

ある状況に際して、「一筋縄ではいかないなあ」と思った直後、「これも難しいのかな」とぼやきました。
要は言葉選びの問題です。原稿書きの仕事では重要なポイントですが、一般企業でも資料作成を行うとき、どんな言葉を使うかが評価の対象になると聞いたことあります。
僕らの場合の言葉選びは、まず書き手の裁量に委ねられます。僕はインタビュー取材からの原稿書きが中心なので、基本的にインタビュイの言葉を尊重します。そこに相手の個性や経験が現れるから。
ただし、話し言葉だけでは伝わり難くいと判断したときや、重複した話題をまとめるときには、本人が使わなかった言葉を用います。そこには、書き手の個性や経験が出ます。
その上でどんな言葉を選ぶかは、クライアントの特性や読み手の世代などを考慮するわけです。それが書き手の使命と肝に銘じていても、特に若い世代をターゲットにしたケースでは、「これはちょっと硬いですねぇ」と指摘されることがあります。
ついこの間、問題視されたのが『件』。「けん」とも読みますが、そこでは前述を意味する「くだん」以外の読み方がないよう置きました。けれど読み手が「硬い」と感じたなら修正は必至。そんなはずはないと意地を張ることに意味はなし。指摘の最中から別の言葉選びや文脈の変更を検討することになります。
なのだけど……。と、ここからは愚痴ですが、若い世代であろうと大人なら、仮に読めなくても調べてみたらどうかと思ったりするのです。いや、指摘してくれた担当者を責めるつもりはありません。ただ、今以上に語彙が乏しかった若い頃の僕は、知らない言葉に出会ったらすぐに調べたものです。知らないままでいたら大人になれないと焦ったから。
そういうのは、書き手を目指した者だけの厄介なこだわりかもしれません。とは言え、皆さんも普段の会話で悩みませんか。言葉遣いで世代が露見して、若い連中から煙たがられるのも嫌だなあとか。何年か前に話題になったメールの文末の「。」も、ほぼ「。」をつける僕にしたら迷惑な話でした。
そんなこんなで、業務上不可避な言葉選びの難しさに関して「一筋縄ではいかないなあ」と思い、この慣用句もダメなのかなあと戸惑いながら、今日も張り切って仕事しております。

京成のスカイライナー。乗ったことがないなあと思って。

だから

母親に関する、長くて厄介な昨日の話の続きです。よかったら読んでください。
それでも手術や入院を勧めた自分の思いを突き詰めると、独善や偽善といった耳触りのよくない感情と向き合わなければならないと思うのです。
僕が、いや母親を見守ろうとする弟家族を含めた僕らが求めるのは、母親が安穏と暮らせる生活に他なりません。いかなる安穏かというと、夫を亡くしてから20年以上の歳月で馴れた独り暮らしを、誰にも気兼ねせずに過ごすこと。
あるいはそれも、僕の思い込みかもしれません。しかし母親を見ていると、そもそも息子たちの世話になるのは本意ではないようだし、たとえば退院して自宅に戻った日も、相応の情報交換を済ませた途端、早く一人になりたい気配を漂わせ始めるのです。こちらの心配などお構いなしになるのは、元々の性格もあるだろうし、老人らしい頑固さの表れかもしれません。
それでいいのかと、高齢者の独り暮らしには限界があるぞという話ですよね。この件に関して触れるとき、人はよく「その歳だから」といった言い回しを使います。その後に続く「仕方ない」とか「諦めろ」といった文言を伏せて。今回の手術や入院でも、医師や看護師から何度も聞かされました。悪気などないのは理解できています。僕にしたって、母親の耳の遠さを誰かに説明する際は、91歳なのでと言い訳するし。
けれど、一つの目安に過ぎない年齢で決めつけることに抗いたくなりました。何歳になろうと、唯一無二の人生を生きている母親には、本人が望む生活がある。それを保つ上で生じる問題を僕らが一つずつ解決しようとするとき、本人が先に諦めない限り、年齢を前提条件にしたくありません。
そういうのは身内ならではの意固地なのかなあと省みたりもします。それを察する周囲は、家族ほど事実から目を背けがちと案じて、言外に潜めた諭しを提案してくれるのかもしれません。
いろいろ考えさせられた入院期間で救いになったのは、想像を超えて速かった母親の回復でした。一方で、人前では善人ぶりつつ、僕の前では心の中の文句が漏れる様子も3週間くらいで元通り。まぁ、入院のストレスも僕の想像以上だったろうけれど。
僕らの判断が最善だったのか、あるいは独善からの失敗に終わるのか、その答えが出るかどうかもわかりません。ひとまず、ただただ寄り添うだけです。それにしても、親にはあれこれ教わりますね。似たところが多い母親だけに、自分もいつか酷い頑固になるという予測は、たぶん学びと言っていいのでしょう。

病院の近くでうわんと咲いていたカワヅザクラ。雛祭りにふさわしい色合いと思って。

母親の退院にまつわる長くて厄介な話

昨日、母親が退院しました。って、入院した件を伝えていませんでしたね。話さなかった理由は二つあります。一つは、91歳のリアルな健康問題を聞かされても迷惑だろうと思ったから。
もう一つは、止めどない不安を抱えていたから。手術を伴う入院を切り出したのは僕です。息子なりの総合的判断で、それが最善と決めました。決めた以上は、十分すぎるほどの高齢者ゆえ様々なリスクを覚悟しなければなりません。けれど、覚悟なんてもろいものですね。容態によって気持ちが右往左往。言葉を選ばずに言いますが、自分の判断が母親を壊すかもしれないという恐怖を何度も感じました。
やっぱり重苦しい話でしょ。なので、退院できるまでは封印することにしたのです。ただ、書き手の性分としては話したいし、お節介ながら何かの参考になればと、あらましをお伝えすることにします。
母親が患ったのは、変形性膝関節症。主に加齢を原因として、膝関節の軟骨の減少に伴いO脚になる、長く生きていれば避け難い症状だそうです。対処を本人任せにしたのは息子の大罪ですが、母親のそれは安静時でも痛みが出る末期状態を迎えていました。そこで、整形外科の名医がいるという病院で本格診断を開始。それが昨年の11月。完治を目指すならと勧められたのが、人工膝関節全置換術でした。
変形した膝関節の表面を取り除き、正常な膝関節の表面に似たインプラントに置き換える手術です。担当医は、94歳の執刀経験があると話してくれました。91歳の母親は、その事例に救われたようでした。一方で僕が求めたのは、両膝同時手術の可能性です。なぜなら、手術は全身麻酔が必須。なおかつ麻酔から覚めた後は、高齢者によく見られる意識精神障害のせん妄が現れやすく、場合によっては認知症に発展するという。
であれば、片膝ずつではなく一挙に両膝でお願いしたかった。医師も、そのほうがリハビリ時のバランスがとりやすいと言ってくれた。それを母親に伝えました。その歳まで手術経験がなかったので、かなり怖かったはずです。けれど、よほど膝が痛かったんでしょうね。諦めるように承諾し、1月15日に入院。翌16日の手術を受け入れてくれました。
手術は無事に終了。次の不安は、件のせん妄です。手術翌日の面会では、よれよれながらも僕が誰かを正しく認識できました。その3日後、弟の奥さんと姪と3人で訪れたときは、孫娘に向かって涙をこぼしながら「おばあちゃん、死なずにいたよ」と。これには僕も隠れて二粒くらい安堵泣き。せん妄を乗り越えられると期待しました。
ところがさらに2日後。母親が夜中に大声を出して落ち着かなかったので、すぐに来てほしいと病院から電話が。自分の甘さを思い知らされました。日を追って安定していったけれど、終了予定が未定のリハビリを含め、先述の通り、膝は治っていく母親の内側を壊してしまうのが自分かもしれない怖さは、今も消えていません。
長い上に厄介な話ですみません。でも、ひとまず退院して家にもどれたので、こうして伝えることができてよかったです。が、明日もまた、それでも手術や入院を勧めた僕の思いを話してもいいですか?

マラソン大会でゴールになだれ込む子供たち、だったみたい。大人たちの檄がすごかったな。

 

そんなんじゃないだろう

口を噛む。そう書いてみて真っ先に浮かんだのが、川上弘美さんが芥川賞を受賞した小説『蛇を踏む』でした。韻を寄せただけですね。すみません。正確に記せば、口の中を噛む。特に左側の頬の内側。よくやるのです。やり始めると続く。理由を知るため、ひとまず検索してみるあたり、僕も現代人に属するみたいです。
ストレス。疲労。歯並びや噛み合わせの異常。肥満。加齢による頬のたるみ。左右どちらか一方で噛む食事習慣……。ぱっと見でどれにも該当するような回答だな。GoogleのAIはいつもこんな感じで、検索以前よりモヤモヤした気分が増してしまいました。
けれど、以前であれば真っ先に除外していたストレスに関して、思い当たる節がなくもなかった。というのは、折に触れ夢の話をしますが、この1カ月の間で確実に二度、そう呼ぶしかない悪夢を見ました。
ある晩は、その扉を開けるなと、ドラマみたいに人の名前を叫んだりしたんですよね。その自分の大声で目が覚めました。
そしてまた先日は、人がいるはずの高層階の部屋に誰もおらず、まさかと思って窓を開けたらという、これまた衝撃的なシーンに遭遇。こんなの見ちゃいけないという夢を展開した自分に怒って起きました。
そこまで感情を揺さぶられるとなれば、何か特別な原因があるんじゃいかと不安になります。実を言えば、今年に入ってから思い悩む事柄が無きにしも非ず。そのストレスが悪夢を招き、口の中を噛む理由になっているのかもしれない。
どうなんだろう。よくわからないけれど、そんなんじゃないだろうと疑うのは、二次以降の情報があふれまくるネット世界には、一次情報を持つ僕を納得させる真の答えはないという確信があるからです。
ただし、検索の仕組が知らなくていい情報へと伸びるよう設計されていたとしたら、たとえばストレスのように、一つの単語で果てしなくハマりますよね。不安遺伝子保有率が約80パーセントの日本人なら確実に。
だからさ、検索結果の末尾にでも、「ただの間抜けなので口の中を噛む」と記してくれたら、そうだったのかと笑えるのに。AIは生真面目キャラを演じすぎだな。
仮に精神面の負担が潜んでいたとしても、それを救ってくれる要素が間もなく訪れる予定なので、月替わりの勢いで気分を上げていきます。大丈夫。咀嚼に注意しているので。

梅にメジロ。ほぼシルエットだけど、見えるかな。

2月29日生まれへ

2月はなぜ28日までしかないのか? あるいは、なぜ4年に一度だけ29日になるのか? まずは後者について。
1年は365日。1日24時間をかけると8760時間になる計算ですが、実際の1年は8765.812時間を要するらしいのです。その365×24から余る5.812時間、つまり約6時間を放っておくと、暦の上の月や日と季節の巡りにズレが生じてしまう。そこで、毎年余る約6時間を消化するため、4年に一度1日増やして366日とする閏年を設けたわけです。
それが2月になったのは、古代ローマの暦で2月が1年最後の月だったから。2が最後なんて意味不明だけど、いったん数字を忘れてください。英語で2月を意味するFebruaryは、古代ローマ暦で12番目の月を表すラテン語のFebruariusが語源。1年の最後に罪を清める期間に充てられたらしいんですね。なおかつ1年最後で28日までの月だから、4年に一度1日増やす帳尻合わせに適していたという。
けれど僕らは、そんな小難しいことを考えて今月末を迎えませんよね。「いつもの月より日数が少ないから気忙しい」とか、「月給を日割り計算すると、ちょっとお得」とか、そのくらいの気分で2月を終えていく人が大半だと思います。
ところが、2月29日生まれの人はどうでしょう。カレンダーに自分の誕生日が存在しないのです。その気持ち、他の365日に生まれた人には決して理解できないんじゃないでしょうか。もちろん僕にもわかりません。ただ、暦を司る人に「今年からお前の誕生日は4年に1回にする」と言われたら、めちゃくちゃ反発するに違いない。「他の人のように歳を取らなくていいじゃん」とか「若くいられるぞ」とか褒めそやされても、絶対にうれしくない。
そう思うと誕生日は、個々のアイデンティティの源なんですよね。それが3年連続でないなんて、気の毒でしかありません。しかも免許制度では、2月29日生まれは2月28日生まれとする『みなし誕生日』扱いになる。みなしって、そんな言い方ないよな。
日本では約8400人。いかに少なかろうと、それだけの人が2月29日生まれだそうな。僕の身近にも一人います。数日前にささやかな贈り物をしました。今年であれば今日がお祝いの日なのだろうけど、それも何かなあと思って先行したのは、古代ローマに倣った罪の清めであるような、ないような。

松と思しき、軒先の盆栽。ちょっと興味があります。

人に迷惑を

片道1時間半を要する定期的な電車利用が続く中、迷惑について考える機会が増えました。
リュックタイプのバッグを胸側にかけ直すのは、混んだ車内で人様にバッグがぶつかる迷惑を避けるためですよね。確かに、自分の目が届かない背面の膨らみを見落とす機会は少なくありません。でも、それが一般的なマナーとして浸透していても、僕はあれ何だかカッコ悪くてできないのです。
とは言え、自分の我を通すわけにはいかないので、車両が混んでいれば肩から外し、片手で持つようにします。しかし、人との距離が十分に取れるほど空いている車内でも、リュックは胸掛けにしないといけないのでしょうか。これなら大丈夫とノーマル掛けで乗り込んだら、チラチラと投げかけてくる視線を何度か体験しました。僕の顔に何かついていたのか? そうじゃないな。あれはマナー警察の私服警官に違いない。
僕の勘違いならいいんです。けれど、日本古来の「人に迷惑をかけてはいけない」という教えが形式化された結果、皆と同じスタイルでないと警戒されるなら、それはそれで迷惑なことだと思うのですが、どうでしょう。
一方で、本質的には迷惑行為のはずなのに、皆が同じスタイルを取るようになったことで見過ごされているように感じるのが、歩きスマホです。歩みが遅いのはまだしも、正面で対峙するとぶつかりそうでおっかない。けれど、たいがい相手はすんでのところで気づく。だから問題がないし、誰にも迷惑をかけていないという認識になるのでしょうか。
違うでしょ。スマホに意識が向いて周囲を見ていないそっちに対し、衝突を回避する行動をこっちにさせた時点で迷惑が成立しているんじゃありませんか? そんな正論を常に準備しながら駅構内を歩くのも、なかなか気疲れします。電車慣れしている方は疲れないのかな。
海外では、「人に迷惑をかけてはいけない」ではなく、「人に迷惑をかけられたら助けなさい」という教えになるそうです。美しい正論のように思うけれど、迷惑が人の手を借りなければならないほどのピンチなら、そりゃ助けますよね。けれど僕が電車界隈で感じる迷惑は、何かちょっと確実に違うものです。違わないのかな?
文句ジジイですみません。すべて僕の独り善がりならいいんです。定期的な電車利用もそろそろ終わりそうだし。

どちらも譲らす、拳骨で殴り合っているみたい。

この文章をAIが読んだら

『生きる言葉』というタイトルに目が留まった、俵 万智さんの新書。さっき調べたら同い年とわかって、急に親近感が湧いたりしました。とは言え、短歌に詳しいわけではありません。ただ、基本31音で表現する奥深い言葉のセンスを知りたくて、大ヒット作の『サラダ記念日』以来の著書を読ませていただいた次第です。
中でも特に興味深かったのは、AIに関する章。すでに短歌を詠むAIが存在していて、上の句を入れると数秒後には数百種を出力するそうです。また、一定のお題を出すと、AIなりの短歌を詠み上げるらしいんですね。それが必ずしも無味乾燥な作品にならないのは、蓄えた膨大なデータをAIが日々学習しているから。鋭い歌があると、俵さんは感心していらっしゃる様子。
こういう話を聞くと、途端に心が沈みます。感性ありきの短歌の領域すらAIに侵されるなら、僕など早晩お払い箱になるんじゃないか? いやもう、本当に怖い。しかし俵さんは、言語学者の言葉として、次のような考えを提示してくれます。
「AIが書く小説がはやると人間の作家が職を失うように思うのは、生産に焦点を当てるから。生産だけならAIも人間も同じ。ただし人間はマシンではなく、自分の内側を掘り下げたものが作品に現れることをおもしろがれるし、それ自体を作品以上の主産物にできる」
ちょっと安堵しました。もちろん、自分の内側を掘り下げて書いた作品が人様によろこばれるものでなければ、大量生産が得意なAIに敵わないのでしょう。ですが俵さんは、こうも書いてくれています。「AIが1から100を生むのを横目に、自分は0から1を生みたいと思う」。同級生の心強い言葉に涙がこぼれそうになりました。
その本を読んだ後、ある電話取材でAIの話題になり、「タムラさんも使ったほうがいいですよ」と勧められました。そうですねと流しておけばよかった。なのに短歌AIの話を披露し、この取材だってAIに取って代わられる日が来るかもしれないと、いささか拗ねたように応じてしまいました。黙っていたら気づかれなかったのに。いや、AIの実力を知っている人だから、やがて来る早晩をすでにカウントしているかもしれない。
この文章をAIが読んだら、悲哀と皮肉を漂わせる短歌を詠むんだろうな。不安を抱く当事者の僕には、到底無理な芸当です。

折れたのか、伐られたのか。剥き出しのままの傷口に古い叫び。

やがて昭和にも

機会があれば、平成生まれの人にたずねています。昭和をどう思うかと。ミド昭和生まれの僕なら、ひとつ前の元号の大正は、歴史の教科書や小説の中にだけ存在する世界に感じるんですね。その線でいけば、平成の人も昭和に対して同じような感慨を抱くんじゃないかと。
ところがこの質問、聞いておいて何ですが、今のところパッとした答えが得られていません。つい先日の平成8年生まれもそうでした。「特に古いとも思わないし、大きな違いも感じていない」のだとか。ふむ。
平成の人は、元号で何かを区別する意識が薄いのだろうか。どうなんだろう。実は僕にしても、年月を記載する場合は基本的に西暦を使うので、元号意識が強いわけではありません。けれど時代をまとめるなら、元号の幅広さを利用したほうが納得しやすいですよね。
それ以前に現時点の令和では、昭和の人と平成の人の混在率が高く、元号による文化や社会の違いがはっきりしないのでしょう。だからパッとした答えが返ってこないのは止む無し。でも、今のおじさんやおばさん、あるいはおじいちゃんやおばあちゃんは、確実に昭和生まれでしょ。そういう人たちの感覚に触れて、昔を感じたりしないのでしょうか。
僕の期待は、昭和は古い時代という認識を持ってもらうことなのです。まさしく歴史の教科書的な世界として。そうして明確な違いを見出せれば、きっとたずねてみたくなるはず。「昭和ってどんな時代でしたか?」と。
そこでようやく、前半の戦前・戦中・戦後は知らないけれど、高度経済成長期の世相や、その果てにバブルを迎えた社会の浮かれ気分など、僕の体験談を語る機会がやってくる。こっちから先に切り出すと、ただの自慢話になりますから。
その語りたい欲求は、聞きたい欲求と対になっています。大正の人にも、明治の人にも、当時の空気感を教えてもらいたい。そういうチャンスは確実に少なくなっていく。
慶応四年に生まれた方が亡くなったのが、1977年の今日。慶応は江戸時代最後の元号だったので、その方をもって江戸時代生まれの全員がこの世を去ったことになったそうです。江戸時代のリアル、聞いてみたかったな。いや、生まれた年に明治の改元があったから、その方は江戸時代の記憶がないのか? 同じ難しさは明治にも大正にも起きて、やがて昭和にも発生するのでしょう。よければ、早い内に聞きに来てくださいね。

一方で桜は、まだ蕾が固い様子。

ジョギングだから

ランニングの話題が久々なのは、前回走ってから間隔が空いているという理由しかありません。例によって時間が取れなかったわけではなく、ただし予定を確定しきれない雑事に迫られていたのは事実。あと、寒すぎて部屋を出たくなかった弱気も証言せねばならないでしょう。冬場のほうが脂肪の燃焼効果が高いのに、もったいない。
要は気持ちが向かなかったわけですが、最たるところは、ペースが戻らない情けなさでしょうか。気温が高めの秋にも書いた覚えがあるけれど、自分で決めた最低ラインに届かなくなってきました。気温が下がればと期待して、年末年始は若干持ち直しそうになったものの、それ以降は……。
そもそも時間など気にしなくていいのです。もはやマラソン大会に出ることはなく、いわば健康維持が目的だから、体を動かす機会を得るだけで十分。なのに、それまで守ってきたペースを堅守したいと思ってしまうのは、いつまでたっても夢見勝ちだからなのでしょう。
何を夢見るかと言えば、まだまだ伸びるという願望です。たとえば野球は、時間がかかっていても、それなりの上達が実感できているんですね。我が人生で今がいちばん上手いと豪語できるくらいに。ならばランニングも、せめて現状維持は果たせるはずと期待するのですが、脚力なのか心肺機能なのか、あるいは全部か、とにかくかつてのスピードが出なくなりました。
背負っているものや運動レベルはまるで違うけれど、キャリアを積んだアスリートにも似たような現象が起こるそうな。伸び盛りを経てピークに達した後には、萎み盛りの時期が訪れる。嫌な表現だけど、それは誰も避けて通れないみたいです。
そこで決めました。今日から僕の走りは、ランニングより運動強度が低いジョギングと呼ぶことにします。ジョギングだから、速くなくてOK。そう自分に言い聞かせるこだわりが、ペースへのそれより意味がある気がして。アプリも察したのか、最近は過去記録との比較を表示しなくなったし。
何にせよ、面倒臭い負けん気に支配されている自覚はあります。歳を重ねるほど我が強くなっていく母親譲りなので、それは変えられないかもしれません。

梅、散り頃。