羨望と夢見にまつわる睡眠の謎

睡眠についてたびたび触れるのは、謎のままのテーマが二つあるからです。まずは時間。
夜勤がシフトに組まれる仕事を始めた知人に、そりゃさぞ大変でしょとたずねたんですね。僕にもかつて夜勤の経験があるから。
「大丈夫ですよ。もともと夜型だし、4時間以上は寝られない体質だから」
ほおら、いました。うらやましい人。僕は最低7時間。できれば8時間。それだけの睡眠を確保すれば、眠気が大敵の机仕事で日中フルでパフォーマンスを発揮できる。これは、生まれつきの特性の理解と経験で得た知見ってやつです。
だから他の手立てはないのだけど、僕の睡眠時間の半分でも活動できるなんて、どうすれば可能になるのだろう。その謎は、しっかり寝る自分が愚鈍に感じられるコンプレックスにつながっています。
時間よりも謎というか問題っぽいのは質。これまたよく書きますが、僕は朝方の夢見が悪いみたい。昨朝もなかなかのものでした。
橋が途絶えた工事現場のような場所。真下には、コンクリのようなドロドロしたものが埋まった池があり、そこを飛び越えないと向こう岸に行けない様子。しかし池は、助走距離があったとしても届かないほどの幅。なのに僕の前にいた若者は、軽々と飛んで見せた。
すぐさま僕の順番になったとわかったのは、周囲からの視線。当然のことながら躊躇。ふと左側に目をやると、池の縁を覆うような盛り土があって、そこを伝えば安全に向こう岸へ渡れるはず。そうして再び周囲の目線を見渡すと、誰もが無言のまま、前者に続けと促している。
戸惑った刹那、僕の横にいたらしい男がうつ伏せでダイブ。飛沫さえ上がらないほど粘性の高いドロドロに半身を沈めて沈黙。その様子を僕は、男のすぐ脇で仰向けで確認。ということは、自分も埋まっているのか? 不安になって右手を動かそうとしても、ドロドロにはまっているのか動かず。これはマズいと必死に右手に力を込め……たところで、右手を跳ね上げた姿勢で覚醒するのです。嫌でしょ、こんな目覚め。しかもアラーム40分前だったりするから、もう一度寝ることもできない。
何と言うか、地上波で放送できない恐怖心理を描くネットフリックス作品みたいなんですよね。自分では気づけない精神的な支障がサブスク的悪夢を呼ぶのかな。ここで書くネタを得られる以上の成果が見当たらない、けっこうしんどい夢を見てしまうのはなぜか? これはここ数年の謎です。答えが解けるのも怖い気がするのだけど。

この風景で頭に浮かんだ言葉は林立。他にはないか。

日付に関係なく必ずお城へ

誰かに言われないと日付まで思い出せないのは、自分がまるで痛まないほど遠くにいたからだと思わざるを得ません。
熊本地震と呼ばれる災害が最初に発生したのは、2016年4月14日の午後9時半頃。最大震度7で始まった地震は、日が変わった翌日の未明まで、最大震度6弱から5弱の激しい揺れを数回繰り返しました。
となれば10年前の今日15日は、一夜明けて刻々と被害状況が判明する中、不安が拭えないまでも、いったん落ち着けた人が少なくなかったと思います。ところが、16日になってすぐの午前1時半頃に再び最大震度7の地震。それもまた日が昇るまでに、初日の倍近い数の強い揺れが襲ってきました。記録によると熊本地震の範疇に入る地震は、2019年1月まで続いたそうです。
この災害で驚かされたのは、一度大きな地震が起きれば当分は大きな地震が来ないという僕らの常識があっけなく覆されたこと。自然災害には相応のメカニズムがあって、すべからく起こるべくして起こるのかもしれないけれど、いずれにしても自然の無慈悲さを痛感せずにはいられませんでした。
コロナ禍前に仕事で熊本へ行ったとき、空き時間で熊本城公園を歩きました。震災前の熊本城も見ていたのだけど、かつての名残がないというより、多くの場所が地震直後から手つかずのようで、つまりはまったく別の姿で、見てはいけないものを目の当たりにしたような心持ちになりました。あと、とても暑い日だったので、公園を徒歩で一周した後でTシャツが汗まみれになり、そのまま洋服屋で新品のTシャツを買ったのもよく覚えています。
そしてまた、コロナ禍後に仕事で訪れたときも熊本城に行きました。かなり修復が進み、また、こんな表現は不適切だけど、隠すべきところは隠せているようでした。
そんな様子に触れてホッとしていいのかと思ったりもしました。復旧がはかどっていない場所がたくさんあるだろうと想像できたから。人の心の痛みもだって癒えているとは言い難いし。
それでも熊本城を見ておきたかったのは、余所者の余計な使命感みたいなものに背中を押された結果です。野次馬と揶揄されようと、現場に触れて何かしら考えることが、少なくとも僕には大事と思えたから。いつかまた熊本に行ける機会があれば、日付に関係なく必ずお城へ。

直感的な美意識だけで撮ったいつかの夕景。いつだったっけ。

然るべき振舞いについて話すつもりです。

具体的な事例に触れざるを得なくなりますが、3月末に報じられたベントレーによる玉突き事故。ひき逃げの罪で犯人が再逮捕されたようですが、この件で違和感を覚えたのは、車名ないしはブランド名がニュースのタイトルに使われたことです。
それについて話す前に、お断りを。僕もクルマを運転するので、不運な瞬間が事故に発展する可能性は理解できます。ただ、やはりその場から立ち去ってはならない。なおかつ今回の犯人がクルマの正式な所有者なのか、僕はまだ知りません。それらもろもろをいったん横において先を急ぎます。
ではなぜ事故報道に関して、単に自動車ではなく、わざわざベントレーと伝えなければならなかったのか? それは、「誰もが知る高級車だからでしょ」となりますよね。そこで考えてみたのです。どのあたりから車名ないしはブランド名が報じられるのか。
かつてなら、ドイツのメルセデス・ベンツやBMWはその枠に入ったでしょう。けれど国内でかなり浸透したので、現在なら高級車止まりかもしれません。一方でイタリアのフェラーリやランボルギーニは、いまだやり玉に挙げられそうです。英国発のベントレーもそう。新車で2千万円から5千万円台の価格帯は、報道の背景に潜む特筆点になるのでしょう。
となれば、一般には手の届かない高額なクルマだけが、車名ないしはブランド名が晒されるという図式になるわけですよね。気になるのは、その心理。さもしい魂を抱える僕なりの見解ですが、よく言えば庶民の感覚、逆なら貧乏人のやっかみが、そういう計算を成り立たせるのだと思います。
さらに考えを乗じると、一般的な感覚を超えたクルマを所有する人には、事故を起こすような運転をしない知性と、仮に事故を起こしても正しい判断ができる理性を有していてほしいという期待があるわけです。
これこそやっかみや痩せ我慢に聞こえそうだけど、いくら高くても値段がついている限り、モノだけなら僕でも買えます。しかし、高額・高級な品を上手に使える生活ができる自信はない。要するに身の丈に合わないから、手を出さない。というのは貧乏人らしい正当性の主張ですが、でもごく単純に、乗るはずのクルマに乗せられるのは、僕は極めてカッコ悪いと思うのです。
然るべき振舞いについて話しているつもりです。実際のところ、その基準は様々なんでしょうね。

見慣れてしまうには惜しいほど大胆なデザインだなあと思って。

『黒羽がもたらした道義的責任』の続報

約1週間前、『黒羽がもたらした道義的責任』と題してお伝えした件の続報です。その前にあらましを。
ベランダから見下ろす電信柱の頂上付近で、3月中旬からカラスが巣づくりを開始。件のスペースは彼らにとって立地条件がよいのか、毎年のように営巣を試みる姿を確認してきたけれど、卵を産み育てるところまで至ったケースは皆無。ゆえに今回も未遂に終わるだろうと高を括っていたら、見る見るうちに小枝の集合体が巣らしき形状に……。
その経過を定点観測してきた僕にわき上がったのが道義的責任。営巣による停電の可能性や、子育て中のカラスの過剰防衛を想像し、電力会社に相談。連絡した翌日には「巣を確認しましたが、すぐには機材に被害が及ばないようなので、ひとまず様子を見ます」という報告。いずれにせよ、予期せぬ厄介事に巻き込まれてしまった不安定感を味わう羽目に……。
ここからが本題ですが、電力会社から確認報告があった日あたりからカラスが巣に来なくなりました。1回か2回、数羽が大声で鳴きながら巣の上空を旋回した姿を目撃しただけ。営巣作業中は、このままだとヤバいかもと思ったのに、放棄されるとがっかりするもんですね。それでも観測を続けていたら、一度だけメジロらしき2羽の小鳥がその巣に降り立ったのを見ました。空き家物件の確認だったのかな。メジロには手に余るサイズだったのか、すぐに立ち去りましたが。
それにしても、今年のカラスはなぜ途中で営巣を諦めたのだろう。理由は彼らに聞く以外にありませんが、その電信柱の頂上付近は、おそらく何度試してみてもヒナを育て上げるのに不適切なのかもしれない。雨ざらしになるし、クルマや人の通りも少なくないし。
そんなわけで、卵を産んでからの撤去では気の毒かもと思っていたので、諦めてくれてよかったです。ただ、かなり出来上がった巣は手(?)が入らなくなったことで生気を失いました。まさに空き家ですね。人間界でも問題が生じているのに、カラス界ではどう対応するんだろう。まぁ、放置か。邪魔と思うなら人間が片付けろと。停電事故を引き起こす金属製ハンガーを一切使わず営巣したんだからと考えていたら、なかなかのものですね。さておき、多くの人が知らないまま危機が去ったのは確かみたいです。

営巣の顛末。観測してきた僕には、空き家の気配がつかめます。

 

清明の魂を

初夏だな。近所の買い物に行くときTシャツを選んでしまう気温27度は、決して春とは言えない。
3月末あたりに発表された気象庁の『向こう3か月の天候の見通し』は、全国各地の平均気温が「高い見込み」でした。うんざりしたのです。その先の3カ月も気温が高いまま、今夏も酷い暑さと対峙することになると思ったから。そうして4月中旬を迎えて、どうやら気象庁の見込み通りになり、再びうんざり。
そんな苛立ちを少しでも解消すべく、「本当はどうなのよ?」と、お馴染みの二十四節気にすがってみました。現在は、立春から5節気目の「清明(せいめい)」の最中。「清浄明潔」を略した言葉だそうです。「清浄(しょうじょう)」は、心身や環境に汚れがない状態。「明潔」は明るく清らかなこと。そんな麗しい言葉を組み合わせるのにふさわしいのがこの時期なんですね、本当は。そんな季節感には戻れないのかな?
他方、1週間前に触れたばかりなのに、アルテミス計画で打ち上げられた宇宙船が早くも地球に戻ってきました。早いって、僕がプランの詳細を知らなかっただけか。
YouTubeで帰還の様子を見ました。4人が乗った宇宙船オリオンの底部が、大気圏突入で真っ赤に燃えていました。2700度に達するそうです。その時間は15分。クルーはどんな気持ちで耐えていたんだろう。それよりも、その様子はどうやって撮影されたんだろう。
月の裏側の肉眼観測や人類到達の最遠記録更新などが、今回のプロジェクトの成果だそうです。たぶんとんでもない偉業なのでしょう。けれど正直なところ、ピンときません。おそらく、この成果や偉業が人類にどんな福音をもたらすのか、はたまた僕個人にいかなる好影響を与えてくれるか、今はまるでわからないから。
そんな計画の中でもリアルを感じられたのは、宇宙船のトイレが上手く使えないという報道でした。その困りようが想像できたのは、クルーも僕も生身の人間だからでしょう。
そんなわけで、生身の僕は今から5月以降の天候にうんざりし始めていますが、少なくとも今季初の野球の試合がある今日は、清明の魂を自分に言い聞かせる予定です。

チューリップの発色は、何でもない場所にメルヘンの世界を創造するなあって思って。

投網、許すまじ

職業柄「新規案件発注かも?」と期待して、未登録番号の着信に応じることはあっても、さすがに「+1」から始まる電話には出ません。コール回数も短いようなので、仮に鳴っても無視。こちらが先に切れば、そこに受け手がいると思われても嫌だし。
けれどついこの間の「+1」は、珍しく留守電を残しました。再生に問題はないと判断して聞いたら、いかにも機械の女声が「2時間後に電話会社の契約を自動的に切ります。問題があればガイダンスに従って○番を押してください」とか、そんなようなことを告げたわけです。
もちろん従いません。「電話会社」の部分は具体的な社名が充てられていましたが、僕は現在その会社と契約していないし、そもそも「+1」の時点で呆れているわけです。アメリカやカナダの国番号なんですよね。しかしたいがい国際電話ではなく、国番号を偽装に利用したり、クラウド電話サービスを悪用する例が後を絶たないのは承知済み。
そんな見え透いた手法には引っ掛からないだろうと。それっぽいシステムをつくっても徒労に終わるはずと思うのです。しかし、投網みたいなものなのでしょう。電話やインターネットでつながる社会にひとまず投じておけば、それなりの反応が得られるのだろうか。
リアクションしてしまう場合、たとえば電話会社なら、実際の契約関連が気になっている時期に重なったりすれば、「もしや?」とガイダンスに従ってしまうかもしれません。ごく最近だと、自転車の青切符制導入に乗じて違反金を巻き上げた事件が起きたらしいじゃないですか。社会制度の変化に応じて、よくもまあ次々新手を考えるものです。
気持ちがザラザラしますね。用心しているはずの心の隙を突かれるのが現代の日常だとしたら、僕らはどんな世界をつくってしまったんだろう。とにかく、ひたすら注意する他にありません。残念であれ、最後の最後まで心の扉は開かないほうがいいみたいです。
僕であれば、新規案件の誘いでしょうか。見知らぬところからの依頼はあまりないし、美味しそうな話ほど実現しない事例を何度も経験しているので、迂闊に乗っからないと思うけれど、時に皮算用に現を抜かすからなあ。

今日あたりはもっと散っているだろうけど、これからは葉の鮮やかさが楽しめますね。

魂が落ち着かない者たちの対話

昨日のここで、「無になれたらいいのに」「でも執着心が強いから無理」「ならば無我夢中にはなろう」という、よくわからないことを書きました。仏教方面にも触れたので、「どうした?」と思われたかもしれません。ですが、魂の共振とでもいうような話題の連鎖が起きたのです。
次の仕事が始まるまで約1時間。よく知っている若い担当者に、何かおもしろい話をしてみてと無茶振りしてみました。
「実は僕、瞑想に行くんです」
デジタル機器の使用や外部との連絡を一切禁じられた、都会の喧騒から離れた場所に行くそうな。しかも日帰りや一泊ではないので、最初にイメージした宿坊体験を超えた、僕にすれば信じ難いほどハードなものになるらしい。
「いまだ独身ですし、ここらで自分を見つめ直したいと思ったんですよね」
表情や口調から、深い思い悩みに憑りつかれている風ではないことがわかったので、僕も軽く返してみました。いやでもさ、瞑想ってどうなのよと。そうしたら、いきなりお釈迦様を持ち出してきたのです。
「あのブッダも苦行では悟りが開けず、山を下りて食事で健康を回復し、弟子たちに中道という考え方を勧めたんです。大事なのはここからで、その後のブッダは瞑想によって心理を悟るわけです。だから瞑想はとても大事なんですよ」
「だから」に至る部分に論理の飛躍を覚えたけれど、そこは無視して、中道を勧めたブッダとは仲良く酒が飲めそうだと言ったら、わかりやすい呆れ顔を見せられました。
それでもやっぱり、然るべき場所や時間を設けて瞑想すること自体、僕にとっては苦行に他なりません。ゆえに誘われても断るでしょう。しかしこの話でもっとも大事なのは、彼が僕を忘れず無事に戻ってきてくれること。でなければ仕事の依頼主が減ってしまうから。
「トナオさんって本当に煩悩まみれですね」
否定しません。必ずしも悪いものだけではないと思える煩悩に心揺さぶられてきた人生を、今さら改めるのは大変そうだし。
ちなみに、と言えば叱られそうですが、一昨日の4月8日はお釈迦様の誕生日。その前後で魂が落ち着かない二人が言葉を交わしたのは、何かの縁かもしれません。そんなことはないか。いずれにせよ、僕の食い扶持すら背負う彼がニューになって帰還するのを祈るばかりです。

ふと、天国に続くのはこんな道かも、と思いました。ま、土手に出るだけですけど。

無我夢中への試み

無になれる方法を体得しておけばよかった……。などと我が身に向かって切実に訴えるのは、自分ひとりでは解決できそうにない思い悩みに直面したときです。
思い悩みは、やはり不健康だし危険です。なぜなら、それに憑りつかれた途端、オートマティックで悪しき想像ばかりを描くようになり、やがて負のイメージに精神が縛られてしまうからから。ゆえに闇へと溺れる前に、実際に手を振り払って頭の中に浮かんだ悪しき想像を振り払うのだけど、また何かのきっかけで自動運転が再開してしまう。ネガに陥りやすいのは性格も関わっているのでしょうが。
そんな悪循環に直面すると、無になれたらいいのにと思うわけです。僕が考える無は、沸き上がった不安や心配が消去される状態。しかし仏教方面の無は、虚無や思考停止ではなく、善悪や好き嫌いなどの分別または執着を捨て去った、豊かで自由な心の在り様を指すそうです。
いや、豊かさや自由にすら執着する僕には到底無理な話。かろうじてできるのは、これまで何度か試して相応の成果を挙げてきた無我夢中への試み。文字通り我を忘れるほどひとつの物事に熱中できれば、束の間であれ思い悩みを横にずらせる。それに適しているのは、外気に触れながらの運動。そんなランニング改めジョギングをしてきました。
走り出しは、「そのための」という意識があるから、思い悩みが頭の真ん中で居座ったまま。しかし数百メートルを過ぎて息が上がり始めると、呼吸だけに思考が奪われていきます。生存本能なのかもしれませんね。運動に疑似死亡体験の要素が含まれているなら、何としても生きることだけ考えるようになるのか。いやまぁジョギングなので、そこまで切羽詰まりはしないだろうけれど、とにかく思い悩みが中央からずれてくれる点で、運動の即効性は確かです。
それを頼りにジョギング機会を増やしていけば、それこそ疑似でも豊かで自由な無の境地に触れることができるのだろうか。時が来なければ思い悩みの回答を得られずとも、待つ間の過ごし方として無我夢中の多用は悪くないかもしれません。少なくとも精神の器たる身体は健全になるかな。

見ていただきたいのは、桜が散る頃の影の短さ。半袖短パンで走れちゃったしな。

 

同じ町で長く暮らせば

本日の主題は、町の話はやがて必ず耳に入る安心感について。
突如サイレンの音が響き渡った土曜日の午後9時頃。最初は、緊急車両が自宅目の前の道路を通過しているだけと思いました。ところが音は遠ざからず、むしろ近寄っている気配。何事かとベランダに出たら、瞬く間に消防車が集結。目視確認で5台は駆け付けたみたいでした。
となれば火災確定。おそらく現場は、ベランダの先の交差点を南北に走る、徒歩1分余りの飲食店が連なる道路沿い。ただしベランダからは、手前の建物に遮られて火元の特定は困難。馴染みの飲み屋もあるので、様子を見に行こうかと思ったけれど、延焼によって自分の避難を迫られる事態を考えて、遠くから様子を見守ることにしました。
結果的に、ボヤだったようです。どのような消化が行われたかは最後まで不明ながら、活動の終盤で白い煙が立ち上ったくらい。
「焼き肉屋って、各テーブルにコンロが置いてあるでしょ。その排煙装置に炎が入り込んで、ダクトの外で火が出たらしい。店長がすぐに対処したけれど、万が一のために連絡したら、驚くほどの数の消防車が来て想定外の大騒ぎになっちゃったんだって」
これは火事の翌日、ベランダの先の交差点を東西に走る道路沿いの飲み屋で会った方の話。その焼き肉屋でさっき食事して、店員から直に聞いたというので、もはや証言ですね。幸いだったのは、火元ながら翌日でも営業できた事実です。
「飲食店にとって換気扇に火が入るのは、本当に怖いんですよ」と言ったのは、飲み屋の主人。なおかつ彼は、消防車がわざわざ踏切のある道路を選んで入ってきた様子から、火元が近所の飲食店ではないかと察しがついたそうです。
そんなわけで、まずは火災が大事に至らず、気掛かりだった事情を詳しく知ることもできたので、この町に長くいるのはいいなあと思った次第です。逆を言えば、自分が悪いことをしたら飲み屋伝いで知れ渡るのかもしれませんね。気をつけなくちゃ。
さておき、先日は大好きだった近所の飲食店が閉まる件について触れました。この情報も、時を置かず町に広まるのでしょう。片や件の焼き肉屋も長年同じ場所で営業を続けながら、今回はすぐに営業が再開できた。同じ町で長く暮らせば、目の前の変化に一喜一憂する生活がもれなくついてくるということなのでしょう。

サイレンの合唱は、否応なく周囲を騒然とさせますね。

入学式に寄せて

一昨日の晩、いつもの飲み屋で顔見知りに会ったら、今夜は深酒できないと言いながら2杯目を頼んでいました。
「明日の子供の入学式には必ず参加するってカミさんと約束しちゃったから」
そもそも大事な用事があるなら来なきゃいいのにと思うわけですが、飲んべは結局いつでも言い訳が必要なんでしょうね。
ふと思うのは、子供の式典は親にとっても大事なものということ。どんな場合でも、「あんなに小さかったのに」とか「こんなに大きくなって」といった感慨が胸に迫るのではないでしょうか。
片や子供がいない僕は、おそらく残念ながら親の立場は想像の域を出ません。なので、いつまで経っても子供の立場でしか振り返ることができないけれど、これまでの人生でいくつか経験した入学式でもっとも思い出深いのは、小学校のそれでした。
ずいぶん前にも書いた記憶がありますが、初めて入った体育館の、遥か高いところで輝く水銀灯の光が滲んで見えたのです。あれはたぶん、人生で初めての感涙だった。
さらに、式の後で下駄箱にたどり着いたら、自分の名前がなかった。正確に言えば、「たむらとなお」ではなく「たむらとしお」という自分らしき名前は発見できた。そのとき、こう思ったのです。「大人たちはいつもこんな間違いをする」と。だから先生には、「ボクの名前がありません」ではなく、「ボクの名前が違っているようです」と淀みなく伝えました。
そんなことがあったので、入学式の記憶に関しては、現在からもっとも遠い小学校が色濃いのかもしれません。あるいは、誰かに諭されたのか、または自発的に意識したのか、小学校の入学式には何かが始まる極めて大きな予感を覚えていたんじゃないかと、そんなふうにも考えられます。
一方、それ以外の入学式の記憶が薄いのは、小学校のときほどの予感、ないしはその前の卒業式で何かを確実に終わらせた実感を得なかったのかもしれません。それがセンスの問題だとしたら、僕の精神的な成長は、小学校の入学式がピークだった可能性が高くなります。
例によってグタグタ言っていますが、保護者の方々の感慨とは別に、子供は子供なりに、言語化できずともいろいろ感じているものですよと、不遜ながらお伝えしたかっただけの話です。
今年の小学校には、令和生まれの子が入学するそうですね。保護者や先生は平成生まれか。個人的にはその件が感慨深いですが、どちら様もおめでとうございます。

ただいまお式の最中でしょうか。お天気に恵まれてよかったですね。