決断に迫られるとき、目の前にあるのはおよそ二つの要素ですよね。いわゆる二択。それが三択や四択など選択肢が多く残されている状況は、まだ判断のレベル。伸るか反るか、行くか戻るかまでの瀬戸際に達していないわけです。
でもって決断は、どちらか選ぶ場面を予感した時点で、実は直感が答えを示しているはずです。ただ、熟考という頭のよさそうな作業に取り掛かると、結果的に非生産的な時間を費やす羽目に陥る。必ず後悔するのはそれ。ふむ、確かにそれは何も生んでいないし、むしろ消耗の一途と言えるかもしれないな。え~と、洗濯機が壊れた話です。
いつものように洗濯物を放り込んでスタートボタンを押して、別の作業を始めました。別の作業と洗濯にかかる時間がほぼ同じだったので、洗い終わればすぐに干せると見込んで。日々は合理的であるほど美しくなるのです。
ところが別の作業は終わったのに、洗濯機は“すすぎ”に移行する残り16分を表示したまま、まだうんうん言ってる。端折りますが、抽斗の奥にしまった取扱説明書を引っ張り出しても、そこから先には進まなくなりました。
果たして本当に「いつものよう」だったか? 違います。少し前から、無駄に筋肉質な大男が狭い部屋で暴れるような大きな音が出ていました。洗濯槽だけ宙に飛び出だす様子をイメージさせるほどに。
そこで直感がささやいたのです。「もう無理」。その意見を支持したのが、買ってから10年は経っているという事実。この時点で自分の中から聞こえてきた声に従っておけばよかった。
今になって頭に浮かぶのは、10年も頑張ってくれたのだから最後まで見届けるのが義務という、優しい嘘。そんなものをついた先で悩まされるのは、代替新品の納入までに10日かかる現実と、それまでの洗濯をどうするか問題。
家電量販店で担当してくれた店員さんにたずねてみました。10日もかかるならどうしましょうかと。「ワシが知るかい!」とか明るく突っ込んでほしかったのだけど、極めて冷静に「コインランドリーですかね」と返されました。そのアドバイスに従う日々が始まっております。皆様も、日常の一端が破壊される前に、内なる自分がささやく直感に耳を傾けてください。生産的な鐘の音が響いているかもしれません。
1枚だけ残っていたホーム端っこ写真。これを見ただけで駅名を当てられる人がいるのかな。









