自らパンツを下ろしていく

これは、一つの節目を機会にお話を聞いたある社長さんの、原稿からこぼれたエピソードです。その方は、決まりきった会食パターンを繰り返すお付き合いのオッサンたちより、自分の会社の若い社員とご飯を食べに行きたいんだそうです。それほどまでに社員が好きなのは、彼らなくして会社全体の成長はないから。
「今の子にはけっこう熱いところがあるし、60歳を超えた自分でも共鳴できるものをたくさん持っているんですよ。たとえば最近の歌がそれを象徴していて、意外にもわかりやすい歌詞で感情に訴えかけてくるものが支持されるじゃないですか」
このコメントを掘り下げる時間がなく、それ以上詳しく聞けなかったのが原稿から落とさざるを得なかった理由なのですが、後にあれこれ考えてみて、そこにはその方の特徴、ひいてはリーダーとしての姿勢が表れていると思ったのです。
まず、単なる若者への迎合ではないこと。何より社長は経営の責任を負いますから、会社の未来にとっていくら若者たちが大事とは言え、彼らの好きにさせておくばかりでは早晩立ち行かなくなります。その点は了解した上で、件の社長さんは胸襟を開くというより、自らパンツを下ろすくらいの勢いで、皆の感覚を取り入れようとしているのではないでしょうか。
重要な点は、その行為がわざわざ上座から降りていってやるというような、偉ぶりや大仰さを感じさせないことではないでしょうか。それはたぶん、高いところにいてふんぞり返るとまでは言わずとも、下々の社員まで気を遣わないのが既存の社長像だとしたら、その方の存在感は“社長らしく”ないんでしょうね。そんな“らしさ”を持たずとも、誰にとっても幸福な成功を手繰り寄せられるなら、それは一つのサクセスストーリーとして世間の手本になるかもしれません。
リーダー論に関する書物はこの世にたくさん出回っていて、そこからリーダーのあるべき姿を学ぼうとされる方は少なくないかもしれません。けれどきっと、頭で理解するより体で覚える知識のほうが大事で、あるいは本を読むより体で何か学ぶために時間を割いたほうがいいのかもしれません。となれば優れたリーダーは、個別の境遇や経験によって育つ他になく、ある意味で残酷な結末ですが、結局は個々の人間性だろうと、そんなふうに思います。
そしてまた、会社員でも、ましてや社長でもない僕が共鳴できたのは、年上こそが自らパンツを下ろしていく姿勢でした。こっちが年長っぽい態度でいると、年若から近づいてきてはくれませんからね。それはかなり寂しいことなんです。

電車1本の重みを思い知らされる。

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