「あってはならない」

「業界ではよくあることなんですか」と問われたので、「あるかもしれない」と答えました。
しかし僕にはわからないことがあまりに多いのです。大手出版社と漫画家の関係性も、それに伴う出版社とテレビ局の契約状況も。さらにはテレビ局の番組作りの慣例も。ゆえに大枠ではメディア側の仕事をしていても、業界に通じているわけではありません。
その上で「あるかもしれない」と答えたのは、個人と団体の立場の違い、ないしは双方の力関係をもとにした、実体験的な推測ができたからです。
どうあっても個人は弱いのです。無論、名実ともに優れた個人なら、数的優位に立つ大きな団体とも真っ向から渡り合うことができるでしょう。けれど強力な個人であっても、信用に関わる事態に巻き込まれれば、団体はあっさりと切り捨てます(最近はそのサンプルをよく見かけるようになりました)。
あるいは、何らかの事情で団体側が約束や条件を覆す場合も、割の合わない目に遭わされるのはおよそ個人です。そもそも団体も個人の集合体なのだけど、相応の体を成してしまえば全体の存続が何より大事。その論理が機能すると、替えが利く存在として団体に属さない個人がフォーカスされるのは、つまり既定路線なのでしょう。長いものは巻くだけでなく弾く力も強い事実は、フリーランスになろうとする方ならよくよく承知しておくべきだと思います。
以上は、長く個人で仕事をしている僕自身の覚悟です。そういうものが末端の物書きにもあるので、冒頭の通り、個人が団体に屈服しなければならないことが「あるかもしれない」と答えたわけです。
けれど、真相が不明な状況で話すことが許されるなら、理不尽に抗うため我が身を賭してしまうのはあまりに残念という他にありません。それが表現者であれば、心血を注いで世に出した作品に僕らが触れるとき、何かしらのわだかまりを覚えざるを得なくなる。それは作品にとっても不幸だと思います。そんな悲劇まで含めれば、どんな業界であってもこんな事態は「あってはならない」ことです。
ただ、僕ですら推測できる「あるかもしれない」不条理の実態が世間の注目を集めたのは、ひとつの生身が失われてこそなのか? などと考えると、どうしようもなく居たたまれない気持ちになります。

ほぼ満開。

 

 

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