犬も猫もちゃん付で呼べないけれど

犬同伴OKのバーのドアを開けたら、黄金色のモフモフが僕の靴に鼻を近づけてきました。お愛想だとわかっていても、向こうから擦り寄ってきてくれたら撫ぜずにはいられなくなります。勝手に触るのは失礼と思いつつ、触られているほうは嫌な気配を見せない。なので、手を引くタイミングがつかめないままモフモフとの交流を続けていたら、飼い主の男性が声をかけてくれました。
「ワンちゃん、飼ったことがあるんですか?」
好き嫌いではなく、飼育の経験を問われたのは意外でした。犬の接し方に慣れを感じられたのでしょうか。どうなんだろう。いずれにせよ僕は、犬と暮らした時間を持てたことがない。ゆえに一度は飼いたいと願いながら今日まで来ていると答えました。
するとその男性は、僕の返答に興味が及ばなかったのか、しばし無言でいたあと、こう言いました。
「じゃ、しばらくお任せして、僕は外に」
どうやら電子タバコを吸う機会をうかがっていたようで、僕がその好機をつくったらしい。そうして飼い主はドアを開けて出ていき、僕とモフモフのセッションはもう少し続きました。
けれど僕は知っているのです。こういう場合、愛されて育った犬は飼い主の姿から目を離さないことを。実際にそのモフモフも、僕に撫ぜられながらドアの向こうの飼い主に頭を向け続けていました。時には僕の手を離れてドアに近づいていく……
わかってはいるのだけど、これはなかなかさびしい気持ちにさせてくれます。対して飼い主は、うれしさが込み上げるんじゃないでしょうか。にわかの犬好きにいくらかまわれようと、お前に必要なのは私以外にいないことを確認できて。
たぶん僕は、自分以外の存在に大事と思われる立場に憧れているのかもしれません。いやいや、あくまで犬の話。さておき、そんな立場を望むのは、犬と暮らす中で起きる喜怒哀楽の実体験をまるで知らないからでしょう。もし知っていれば、犬と自分の立場をいちいち確認しないだろうし、ましてや束の間そばを離れることに不安を感じないかもしれない。
そういうの全部、一生のうちに一度は経験してみたいです。チャンスがあるだろうか。
そのモフモフと飼い主が帰ったあと、ささやかな引っ掛かりが浮上しました。「ワンちゃん」と聞かれて、僕は他意なく「犬」と返したけれど、あれは飼い主の気に障ったのではないか? 今の僕は、犬も猫もちゃん付で呼べません。その意固地さも、飼ってみたらどこかに吹き飛ぶのでしょうか。

何が建つかいまだ不明ながら、最近は泥のプールの撹拌が続いています。

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