陰鬱

まだ寒い時期だけにジトジト感が薄いのはましだけど、今週は梅雨みたいな天気が続きました。気分を漢字で表すなら、陰鬱。字面も字感も、底辺まで押し込まれて身動きできないイメージが強い。音も同様。普段から声が高い人でもこの熟語を読むときは、言葉の雰囲気に引き込まれて思わずローな声音になってしまうのではないでしょうか。声の低い人が発声したら、ホラーの始まりに聞こえるだろうな。
一方で対義語とされている明朗は、すべてがハイな印象です。終わりがロウなのは奇妙なダジャレみたいだけど、明るさを遠くまで放り投げるような清々しさがありますよね。偽りなきフェアな支払いを明朗会計と言いますが、食事を共にした人々と店を出た後の爽快感まで予感させてくれるので、悪くない表現だと思います。それが陰鬱会計だったら、その人たちとは二度と同じテーブルにつきたくない後悔を招きそうだ。
そんなわけで文章を書く身としては、陰鬱のような、周囲をダークグレーに染めかねない強い力を持つ言葉を用いる際には、相応の注意を払います。もし僕が書くものが、小説など自身の個性を存分に押し出せる作品であれば、グレーというより黒のグラデーションで統一した、読むほどに滅入る熟語を並べ続けることも可能でしょう(売れるかどうかは別として)。
しかし僕に与えられるのは、およそ商業的ライティングです。そこでは、個性が不要とまでは言いませんが、作品性はそれほど求められません。とにかく、広く伝わる読みやすさが大事。それを承知していても、書き手としては展開に振り幅を持たせたくなるし、文章に推進力を与える意味でも、それ自体に力が具わっている言葉を選びたくなるのです。
そうして、ひとつの気分を表現する上で類義語を知っていても、インパクト重視であえて陰鬱を使ってみる。その判断を下したときに大事なのは、一度低下した雰囲気を必ず引き上げられる明朗な次節、またはオチを用意しておくことです。そうでないと、僕の職域では買ってもらえる原稿にならないし、実は書いているほうもしんどくなります。
ではなぜ今週の終わりに陰鬱を用いたか? 今日の僕の町には、晴れ間がのぞく天気予報が出ているからです。ようやくウツウツした気分を干せそうで、かなりホッとしているんですよね。

濡れ続けたベランダの手すりに溜まった水滴も、もはや形態を保つのが億劫そうに見える。

 

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