「私もついにボケたねぇ」
そんなことを母親は、例によって電話でカラカラと言い放ってきます。カラカラは明るい響きのオノマトペ。なので言葉尻を真に受けないようにするのだけど、ひとまず老人の発言なので、軽く身構えたりはします。
「わざわざ銀行まで行って、通帳を忘れちゃうんだから困るよねぇ」
どうやら前の日に、外出で済ますべき用事を細かくメモしておきながら、当日の出がけに別のことに気を取られて、それで通帳を持ちそびれたらしい。
確かにボケてはいます。本人がどう思っているかわかりませんが、昔からおっちょこちょいなところは多分にありました。あるいはさすがに高齢なので、認知症が始まっている可能性を完全には否定できません。
ただ、あくまで勝手な判断ながら、通帳を忘れてしまった原因を正しくつかみ、ミスを後悔した上で笑い飛ばしているうちは、それほど深刻に受け止めないでおこうと思っています。僕にしても、加齢によって起きるいくつかの情けなさを本気で情けないと悔やんでしまえば、ひたすらしんどくなるからです。それに、本人は笑い話にしたいのに周囲が真顔で心配したら、当人が不安に駆られてしまうだろうから。とは言え、そうした猶予がいつまで続くかは、さりげなくも注意深く見守らなければならないと思いますが。
さておき、今日は母の日。今はどうか知りませんが、僕が小学生の頃は、お母さんが生きているなら赤いカーネーションを。お母さんが亡くなっているなら白いカーネーションを贈ると教わりました。実際に白組だった同級生がいたりすると、それとなくクラスが無言のざわつきを見せて、ずいぶん残酷な区別をするもんだと子供ながらに悩んだものです。
色分けの正式な理由はわかりませんが、アメリカの母の日の起源とされる行事で、亡き母を偲んだ娘が、母が好きだった白いカーネーションを参加者に配ったらしいんですね。それが後々の色分けに紐づいたところがあるような。何にせよ型は大事ですが、母が好きな花なら何でもいいんじゃないかと思うのは罰当たりでしょうか。
いやいや、罰当たりを続けているのは、母の日に何も贈らず今日まで来ている僕です。だからと言って突然赤いカーネーションを届けたりすれば、驚いた拍子に体調を崩すかもしれません。何もしないことが定番なら、それを深刻に考えないのも大事だろうと、そうして今年の母の日も何事もなく過ぎていくのだと思います。

カーネーションよりバラが好きなお母さんもいらっしゃるでしょう。
