救急車

東京消防庁のサイトによると、「救急業務及び救急医療に対する国民の正しい理解と認識を深め、救急医療関係者の意識の高揚を図ることを目的」に、毎年9月9日を「救急の日」に定めたそうです。それに合わせたわけではないけれど、先週こんな場面に遭遇しました。
日没あたり近所まで買い物に行く途中で、異様な雰囲気を発している人の群れ。歩く速さを変えないまま近づいたら、一人の女性が歩道にうずくまり、それを囲むように子供連れ自転車の主婦や複数の若者や中年男性が立っていました。
相応の人数がいたので、通り過ぎてもいいかなと。ただ、気を利かせた若者たちが脇を通るクルマを誘導するも、少しでも早く女性を安全な場所に動かしたほうがいいと気になって、やっぱり足を止めました。家を出る前に母親と電話していたのも、放っておけなかった理由です。
見た感じ70代の女性が単独で転び、アゴを切って出血。目撃した中年男性がすぐに救急車を呼んだそうです。頭を打った様子はないらしいので、女性に声をかけて抱え上げ、交通に支障のない場所へ移動。何だか後から来て仕切ったみたいになったけれど、最善策だったと思います。
そばにベンチなどがなく、地面に座りますかとたずねたら、頼りない声で「腰にボルトが入っているので立ったままで」。そうしてサイレンの音が聞こえるまでの、たぶん15分ほど、救急車を呼んだ男性とともに両脇を抱えて女性を支えていました。
震えておられました。一人暮らしなのだと聞いて、こっちの胸も震えました。落ち着いてきたら、このままタクシーで家に帰りたいと言うのです。しかし傷の程度はわからないし、一人暮らしならなおさらちゃんと診てもらったほうがいいと諭しました。僕の母親がどこかで倒れたら、見知らぬ誰かも同じことを言ってくれるんじゃないかと思って。
おそらくあの女性は軽傷で済んだんじゃないでしょうか。しかし最近は、入院の必要がない軽症で要請される救急出動が問題になっています。特にタクシー代わりで使うような意識の低さが。
翻って僕が遭遇した場面で救急車を呼ぶ必要がなかったかというと、それは違うと思うんです。転倒した本人を含み、高齢者の怪我を見過ごせなかったあの場にいた皆が安心するには、救急車の到着が約束される以外に術はなかったから。そんなふうに感じたのですが、適切な対処だったでしょうか。

予想通り、眼下の新築工事現場に覆いがかかり始めました。

 

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