「どうしますか?」
ボブで。
「ショートボブならできますよ」
3か月ルーティンが定着している女性の店長美容師とは、毎度こんな感じの会話から始まります。くだらないセリフを切り出す客への対応もさることながら、歯に衣着せないというか、おべんちゃらが言えないのが彼女のいいところです。
そんな性格で接客業が務まるのか、彼女がまだ20代前半だった頃には大いに心配しました。でも、それから20年以上が過ぎて、今や店長にまでなった。その経緯も含めて信頼しているので、もし後頭部の地肌が透けて見えるようになったら、必ず伝えてほしいと頼んでいます。
「いやぁ、トナオさんに向かって禿げたとは言えませんよ」
こういうことを、となりのお客さんに聞こえそうな音量で言い放つのです。薄毛で悩んでいる人がいるかもしれないのにと、こっちがおろおろするのも毎度のこと。そしてまた、彼女が持ち出す話題も美容師っぽくない。
「最近、夜になるとお尻やお腹が痒くなるんです。この前なんか、あんまりお尻が痒いので思い切りかいたら、子供が叫んだんですよ。お母さんのお尻、真っ赤でブツブツになってるって。こういうのって歳のせいですかね」
オレも40代後半くらいから肌の感じが変わったと伝えたら、こう返ってきました。
「そうか。やっぱりこの手の悩みは、加齢の先輩に聞くのがいいですよね」
そこは人生の先輩だろとツッコんだら、えへへッてな顔になりました。
何を言われても許せるし、笑いに帰結していく。それが彼女の人徳なのだろうけれど、相当に鍛え上げた結果だと思います。先に触れた通り、元来の性格が前面に出ていた若い頃は、素を出しても受け入れてくれる客以外は無口を通していたみたいなんですよね。大丈夫かなこの子と勝手に心配していたけれど、現在の活躍に僕が何かを言う余地はありません。誰がどう言うか。たとえばハラスメント方面も、そこが重要なポイントなのでしょう。
「相変わらず、髪の量がとても多いです」
これが禿げチェックの回答らしい。すべての作業が終わり、鏡で後頭部の仕上がりを見せながら、こんなことも言いました。
「襟足、気づきました? ちょっとだけ外に巻いて、ショートボブにしたんですよ」
彼女と会えるのは、また3か月後。
遠くに富士山が見えた、練習終わりの午後5時。子供の頃の気分がよみがえる。
