人生のツケとは

憂鬱という画数が多い熟語は、このときのためにあると思えてくるのです。久しぶりの歯痛。まったくもってアイツは忘れた頃にやってきます。後悔や不安を両手に携えて。
まず、後悔について。どうも虫歯になりやすいみたいです。なのに日常的なケアに正しく向き合わず、治療も痛みが治まったら途中で投げ出す始末。若い頃は、そんな体たらくを繰り返していました。
それは人生のツケになる。ツケとは売掛金と同じなので、いつか必ず回収に迫られる。
だから若い人には、「ちゃんと言ったからね」と釘を刺すように諭すのです。歯はちゃんと治しておかなきゃだめだと。そこそこ歳を重ねても立派な人生訓は語れませんが、歯にまつわるツケの代償に関してだけは、押し売りしてでも経験談を伝えたくなるのです。こんな悔やみは味わわないでほしいから。
そして不安は、後悔と入れ替わりで沸き立ちます。人生のツケは、まるで時限爆弾。ここ10年は、その起爆装置がある日突然作動することを思い知らされてきました。なおかつ破裂すると、想定外の出費に迫られる事実も体験してきました。ゆえに爆弾が疼き出すと、「今度はいくらかかるんだ?」と怯えてしまうのです。
そんな後悔と不安の化学反応で発生した憂鬱は、先週の金曜日に始まりました。当日は予定があったので、ひとまず様子見。翌朝になれば痛みが引くことを祈ったものの、気持ちが悪い違和感は消えず。連休明けの昨日になって、かかりつけの歯科医院に向かいました。
診てもらう以外に打つべき手立てはありません。だけど、正式名称を知らない歯科医院の椅子に座ってもなお、僕の全身には憂鬱が伸し掛かっていました。なのに思考だけは、拷問のようにぐるぐる回ります。治療はきっと痛いんだろう。1回じゃ治らないんだろう。今回はいくらかかるんだろう……。
え~と、治療は痛くなかったし、1回で治してもらえたし、費用も想定をはるかに下回りました。破裂は極めて小規模。おかげで憂鬱は一気に解消。しかし痛みは、かつての体たらくが生み出した時限爆弾との関連性が否定できなかったようです。こんなものがあといくつ隠されているんだろう。ツケの回収は終わったと、嘘でもいいから誰か言ってくれないかな。

眺める少年野球は微笑ましい。次に練習する僕ら大人の草野球は、どう見えるんだろう。

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