ケチャップ好きの生トマト食わず嫌い?

手を出さなきゃいいのにと思いながら書くと、まず間違いなくとっ散らかります。それを承知の上で、映画の話を。
昨日のここで、村上春樹さんの短編小説『ドライブ・マイ・カー』に少しだけ触れました。これは2014年に発行された短編小説集『女のいない男たち』の中に収められた1作です。けれど(まだ)今のところは、同題の、というか件の短編小説を原作にした映画のほうに話題の熱が傾いているのだろうと思います。
その映画、僕はつい最近、結果的に観ました。結果的などと回りくどい言い方をするのは、実は元々観るつもりがなかったからです。いちばん大きな理由は、やはり原作小説を先に読んでしまったから。文字で表された登場人物や場面設定というのは、そこにどんな具体的情報が詰め込まれていても読んだ僕のイメージで固まります。それを壊してほしくないとまで言わないまでも、リアルな人間が演じ実際の景色が映されるという映像化の条件を目の当たりすれば、どうしたって違いを探してしまうんですよね。
それはあまり楽しい作業ではありません。こうじゃないんだ、ああじゃないんだといちいちあげつらうって、人として気持ちよくないですよね。そうなることがわかっているなら、最初から観なければいい。観なければわからないと言われたって、そこは譲らないほうがいい。というのは僕の経験則です。何よりも、人として気持ちよく鑑賞できる原作を知らない映画のほうがはるかに多いのだし。
それでも映画の『ドライブ・マイ・カー』に手を出したのは、些末と言うべきかもしれない2つの結果が重なったからでした。一つは、アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞したこと。もう一つは、レンタル(500円だったかな)ながらAmazonプライムの視聴可能リストに入っていたこと。アカデミー賞にどれほどの権威があるのか、実際のところはよくわかりません。でも、受賞すればかなりの話題になるのは僕でも知っています。その作品が自宅で手軽に観られると知った時点で、僕の中では小説と映画が完全な別物になりました。だから鑑賞に踏み切れた。もし片方だけの結果しかもたらされなかったら、僕は別のために時間を割いたんじゃないでしょうか。何様かって話ですね。すみません。
じゃ、映画はどうだったかと言うと、原作を読んでいても、または読んでいなくても楽しめると思います。ほぼ3時間に及ぶと聞いていた長さも、まるで苦になりませんでした。違い探しに走ってしまったのは、まぁ仕方ないとして、それも映画作品の言わんとする部分に引っ張られる形で気になるものにはなりませんでした。
要するに、よかったんです。何て言えばいいんだろう。今日の話って、ケチャップ好きの生トマト食わず嫌いに近いのかな。タマゴ好きのマヨネーズ嫌い? ほら、やっぱりとっ散らかった。

次々にいろんな花が姿を見せるのってフェスみたいよね。ぎゅうぎゅうのツツジ。漢字は躑躅。

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