9月1日の刷り込み

今日は防災の日。そう言われてもピンと来なかったり、なぜ9月1日をその日に選んだかを知らない人が少なくないかもしれません。でもたぶん僕ら世代は少年時代に、関東大震災が起きた日であることを繰り返し諭されて育ちました。その圧倒的な怖さとともに。
関東大震災は、1923年(大正12年)9月1日に南関東を中心に発生した関東地震によって起きた災害です。神奈川の小田原や房総半島南部の震度は7。東京の丸の内でも震度6を記録。運悪く吹いた強風の影響もあり、木造家屋だらけの都心部では広範囲の火災に見舞われ、10万5千人に上る死者・行方不明者を出しました。当時はラジオすらなく正確な情報を得られなかったのも、被害の増大を招いた原因になったかもしれません。そしてまたパニックから生まれたデマによって、罪なき人々が地震そのものとは関係なく死に至らしめられたそうです。これは、僕らが子供の頃には誰も語ってくれなかったことでした。
地震が来たら机の下に隠れる。台所の火を消す。家が歪んでも脱出できるようドアを開ける等々、様々な身の守り方も教わりました。それが完璧な正解かは今もってよくわかりません。防災用の備蓄も勧められるけれど、中越地震と東日本大震災を自宅から離れた場所で体験した身にすると、「いつどこで何が」の思いのほうが強くなるし。とは言えその後に自宅へ戻ったのだから、「備えあれば」は紛うことなき古からの教訓ではありますが。
関東大震災から100年近く経つ現代の日本を生きる僕らは、この10年だけでもいくつかの破滅的な天災を知りました。それゆえ「ない」と高をくくるのではなく、「ある」と疑ってかかったほうが賢いことも学んだわけです。あるいは不幸中の幸い的な経験として。
どの立場でそんなことを言ってるんだって話ですが、地震はぞわぞわして苦手という個人の感覚を起点にしています。生まれ月なのでそわそわしたいのだけど、まずは今日を乗り越えなければと思ってしまうのは、たぶん擦り込みってやつでしょう。

机の目の前で鳴かれるのはさすがにしんどい。夏も終わるから許すけど。

それよりも情報

強制潜伏期間中にオリンピックが終わってしまい、そう言えば天候不順で試合予定が大幅に狂った甲子園も一昨日には幕を閉じました。あの智弁同士の決勝戦。そこまでの経緯を知らずに見たら、ほぼ同じユニフォームの選手だらけで困惑しちゃいますね。けれど今回が初の出来事ではないらしく、高校野球通にすれば「19年振り2度目だけど」とほくそ笑む機会になったのかもしれません。
そんなこんなで現在はパラリンピック。例によって様々な競技を眺めていますが、そこここで覚えた違和感について話します。
短時間にまとめられつつも、ほぼ毎回伝えられる、各選手が障害を負った理由。これ、要りますか? という件です。不要と断定するつもりはありません。個人的に希望するのは「それよりも」の情報なのです。たとえば陸上のトラック種目。400mを超えるとトラック上のカーブを何回か曲がることになりますが、その際のコーナリング技術とか、僕は知りたいです。陸上競技用の車いすって、前後に長いから直進安定性には長けていると思うのだけど、逆に小回りは利きにくいはず。その特性で速度を殺さずに曲がるには、どんな肉体的技術が必要なのか、車いす自体のセッティングはどうするのか等々。あるいは水泳の場合なら、肉体の前後または左右のバランス差を埋めるテクニックやトレーニング法がわかると、それぞれの泳ぎ方を見るポイントに深みが増す気がします。
あえてむずかしい話を遠ざけます。ここで僕が言いたいのは、オリやパラに関係なく、各競技を純粋に楽しみたいということなんですね。もちろん個々の選手には、競技の結果だけでは語り尽せない様々な事情がある。それに触れるのも大事だろうし、むしろ僕はそういう物語が大好きです。でも、オリやパラでこそ見ることができる競技ではまず、競技特有の興味をひく情報を伝えてほしいのです。
何というか、誰の人生も予定通りに進むわけではなく、「こんなはずじゃなかった」という崖の下で、思いがけない美しい花と出会うことがあるじゃないですか。
ここのところの注目はバスケットボール。想像以上に当たりが強くて驚きました。すでに何回も見ているので、今となっては「そういうものよね」と通を気取りながら観戦していますが。

通りの真っすぐ向こうに日が沈むこともあるんだね。年に数日だろうけど。

今日からまた

確か8月7日から音信不通になったことで、あるいは何人かの方に「アイツもしや?」と心配という形のご迷惑をおかけしたかもしれません。ごめんなさい。僕自身は大丈夫で元気です。この強制潜伏期間中に1回目のワクチン接種も済ませましたし。
5月末から6月初旬に続く今年二度目の更新不可事件。ネット世界に漫然とはびこるウィルスの類が悪さをしたらしいのですが、専門家の見解によると、過去のデータの中に残っているほころびが感染を招いたのではないかと。そこで思い切って、現状のサイトに移ってからの約2年分を含み、すべてを削除して再出発する決断をしました。重要な証言を提供する代わりに犯罪履歴を完全抹消してもらう司法取引のように。いやいや、オレは何の罪も侵していないよな。
過去の記事が読めなくなることに、自分自身はさほど抵抗を感じていないのです。これまでと同じように毎日書き続けていれば、たぶん年末までには100本を超える過去記事が積み重なるだろうから。ただ、今日初めてこれを読んでくれた方が以前の記事に興味を持ってくれたとしたら、そこは謝る他ありません。そして同時に、3ヵ月まえの更新不可で自分がどんな気持ちになったかを正確に確認する方法も失いました。それはそれで残念だけど、前に書いた内容との重複を気にしなくていい身軽さを手に入れたと思えば、ね。
いずれにせよ15年も続けてきた「毎日何かを書く」という作業は、僕にとって文字通りの掛け替えのない行いみたいです。負担じゃないと言えば嘘になりますが。そんなこんなで、今日からまた始めます。突然の移籍で新しいチームに必死で馴染もうとするベテランの気分で。

更新不可の間には「夏休みだなあ」って感じの場所にも行ってたんですよ。