可能な限り絆されてしまっても

絆される【ほだされる】
メフィラスに倣えば、私の好きな言葉です。絆は【きずな】でもあり、とても素敵な意味合いがあるように見えますが、元々は犬や馬をつなぎ留める綱を指していました。そこから転じて「断とうにも断ち切れない人とのつながり」となり、【絆される】という動詞では「人の情によって心や行動が縛られる」状態を表します。そうであっても、むしろそうだからこそ、僕はこの言葉にまさしく絆されてしまうのです。
今時の契約関連はおよそネットで済ませることができると思ったら、詳細な確認を行う上では、やはり電話でのやり取りが不可欠みたいです。ある件で新たな契約を結ぼうとしたら、本流に付随する支流的な条件に関して何度も連絡が入りました。
あの類って、口調は丁寧だけれど一方的じゃありませんか? 「ここまでの説明で質問がありますか」と聞かれたので、「先ほどのそれが気になっています」と返すと、「それはこの後お話します」ってな感じで、向こうの手順に従わなければならない。なおかつ1回の電話ですべて説明しようとするから、大事そうな手続きも早口で喋られる。一方的は、どうも好きになれません。
まぁ、そういうお仕事だろうからと相手の都合に合わせて聞きますが、似た内容の電話が一度に集中すると辟易します。やがて疲れ、最後のほうは相槌も適当になって、気が緩めば押し切られたり丸め込まれそうになる。これは【絆される】の対義語ですから、私の嫌いな言葉です。
そうした面倒でも越えなければならない手間を一気に翻す提案が、別の本流から届きました。あえて本流の正体を明かしていないので話がわかりにくいですけれど、とにかくその提案にはフォーマットもマニュアルもなく、情に満ちた肉声そのものでした。そりゃ絆されますよ。僕の望みが半減しようとも、そこまで言っていただけるなら縛られてもいいと思えるから。
【絆し】だけで仕事はできません。冷徹な判断と実直な進行なくして責任が果たせないことは僕だってわかっています。それに、自分の事情ばかりちらつかされても迷惑です。けれど、どうしようなく訴えられた情をむげにはできない。ならば可能な限り絆されてしまってもいいと。そういう感情の話でした。最近は何となく、人の優しさに飢えているような気もするなあ。

地面を掘り始めました。地中のガソリンタンクを引き上げるのかな。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA