久しぶりにテレビの話を。朝ドラ『らんまん』がいよいよ最終週を迎えます。今作、僕は好きでした。実在した植物学者の牧野富太郎さんの人生をカバーしたことで、物語に骨太感が出たことがひとつ。
それから、俳優陣がよかった。作品名そのままの爛漫さを醸す上で、槙野万太郎には神木隆之介さんが、万太郎に寄り添った槙野寿恵子には浜辺美波さんが最適役だったと思います。爛漫って、別角度から見たらアナーキーなので、他人には無秩序としか感じられない生き方を通す我の強さを、この二人はそれこそ爛漫な笑顔で包み隠した。そこに惹かれました。結局、テレビであれ映画であれ、僕は人が見たいんだなあと改めて気づかされた次第です。
いやまぁとにかく、浜辺美波さんというか寿恵子に魅せられました。朝ドラでは珍しい今回の男性主役は、恵まれた環境で育ったせいか生活を営み続ける大変さを知らないというか、自分の研究に必要な金作をすべて妻に託しました。普通に考えたら、こんな夫からは即座に逃亡しますよね。劇中の寿恵子は早くに亡くなった長女を含め5人の子供を出産しましたが、リアルな妻の壽衛(すえ)は13人も産んでいます。それでなくても日々困窮しているのに、「何してんだ富さん」と呆れたくなります。
にもかかわらず寿恵子は爛漫に生きた。植物に熱中する万太郎に絆され、夫の夢を自分の夢にすることができたから。ふむ、本当だろうか? その答えは、あいみょんが歌う主題歌に潜んでいると見ています。
放送で毎回流れる『愛の花』のAメロにこんな歌詞があります。
「私は決して今を憎んではいない」
僕は当初、この一節に違和感を覚えていました。私とは誰のことで、憎んでいない今とはいつなのかと。しかし寿恵子が登場し、万太郎と暮らす苦労のほとんどを背負った生き様を知って、この歌の中の私が誰で、今がいつなのか、ありありとわかりました。歌詞のすべてを読むと、さらに切なくなります。そんな主題歌を用意した点でも、このドラマは主人公の妻なくして成立しなかったドラマですね。だから浜辺美波がいい……。
まだまだ話したいことはたくさんありますが、最後にひとつだけ。『スエコザサ』というタイトルで始まる最終週。実在した富太郎さんに対して万太郎という名前を備えつつ、妻には異なる漢字で同じ読みにした理由が判明するはずです。そうでなければ愛の花が咲く瞬間を伝えられないから。って、制作側の人間でもないのに意気込んでるな。終わっちゃうのがさびしいのにね。

感化された挙句、こんな本を買ったのは先月のことでした。
