日本人の誇り

ホームラン王確定を受けて記念切手セットを発売する日本郵政の手際の良さに、なぜか苦笑いが浮かびました。いつ誰が「準備しとけ」と号令をかけたんだろうね。
そんなわけで、大谷翔平選手がメジャーリーグのアメリカン・リーグでホームラン王を獲得しました。日本人選手初ということで、メディアは快挙とか偉業といった言葉を使いながらこの朗報を伝えています。そしてまた、日本人の誇りでもあると……。
何がどう日本人の誇りなのか。そうした表現を用いる根底には、どうにも卑屈な精神が見え隠れしてしまいます。いやもちろん、「日本人がメジャーでホームラン王になれる日が来るなんて」という感想は全面的な賞賛を意味していると思っているのです。けれどその裏側には、「日本人には無理」という諦めのフックがありませんでしたか?
言語や環境の違い、あるいは運動で優位性を発揮する体格等々、小さな島国に住む日本人が海外に出ていくときには、不利と呼んでいい障壁がいくつも立ちはだかります。けれどもはやこの時代、出ていきたい人は出ていきます。なのに、海外で働いていると聞けば、反射的に「凄いですね」などと口にしてしまう。僕にもその感覚はあります。
一方で、よく行く飲み屋には日本の会社に勤めるアメリカ人がいて、たぶん彼は日本に来たことを「凄い」とも「誇り」とも思っていないはずです。世界の見え方に差異があるのかもしれません。おそらく多くの日本人にとって、いまだ世界は広く遠く、そして手強い存在なのでしょう。
だからこそ同じ日本人として、大谷選手は誇らしい。まぁ、そうなんだよなあ。つまるところどんな競技でも、海外で活躍する日本人選手が興味の軸になるのは間違いないところです。
ただ、もう少しだけつべこべ言わせてもらえば、僕が大谷選手に向けた「日本人の誇り」に違和感を覚えるのは、規格外と思っているからです。そもそも身長が193センチで、なおかつ運動能力に優れた日本人が稀ですよね。となれば彼は、アイルトン・セナやマイケル・ジョーダンのような、世界中の人々の注目を集める存在と捉えるべきではないか。あえてセクションを設ければ、野球界の誇り。そんな人を「日本の」と括ってしまうのは、あまりにおこがましくないか?
……そうか、わかったぞ。ここでの誇りとは、間違ってもおにぎりが嫌いとは言わない大谷選手を独占できる権利、または愉悦が日本人にだけあるということなんだな。英語のprideには「傲慢」や「自惚れ」のニュアンスも含まれているし。
あれこれくどくど語っていますが、僕だってうれしいんですよ。素直じゃないだけです。

秋めいた風情に添う落ち葉か。それとも夏の暑さにやられた枯葉か。

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