真昼の停電騒ぎ

ちょっとした事件でした。
11時35分頃です。今日最初の飯を食べようと、コーヒーメーカーをONにして約1分後、何の予兆もなく「すん」とキッチンが暗くなりました。それが停電だと気付いたのは、つけていたテレビの画面が黒くなっていたのと、少し前にスイッチを入れたエアコンの噴き出し口が中途半端な位置で止まっているのが目に入ったから。
とは言え、この程度の電気器具使用量で落ちるもんかなと玄関のブレーカーボックスを見上げるも、「切」に下がっているスイッチは一つもなし。「どういうこと」と頭の中で「?」が浮かんだ刹那、外廊下に足音。玄関を開けてみたら、上階に住む大家さんが下の階に続く階段を下りていく背中が見えました。僕の気配に気づいて振り返った大家さんは、「工事現場に行ってみる!」と言い残して再び階段を降下。その慌てた様子から、建物全体の停電を確信しました。
工事現場というのは、僕の部屋のベランダから一部始終がのぞける(時折写真で紹介している)ガソリンスタンドの解体作業場。日々入っているクレーン車が高々と伸ばした腕が電線に接触したのを疑ったようです。大家さんが駆け付けたからか、現場の入地口付近に少なめの人だかりができたのを、僕はベランダから眺めました。
ふと見ると、交差点の信号機も消灯。誰かが通報したのでしょう。すぐに2台のパトカーと数名の警察官が到着。これからどうなるんだろうと思いつつスマホで地名と停電を検索したら、東京電力関連のホームページがヒット。僕の住む町の〇丁目と□丁目の約1590件が停電していると判明。停電理由の記載はないのに「12時50分頃には復旧予定」と出ていました。その見込みはどうやって弾き出すのだろう。
ここまでの間、僕は水道とガスが生きていることを確認。まず、トイレが使えなくなるのを恐れて風呂釜に水を溜めました。そしてポットで湯を沸かしコーヒーを淹れ、オーブントースターの網を利用しつつコンロの直火でトーストを焼くという、この段階でできる朝食の準備を遂行。換気扇が使えなかったので、キッチンは焦げた匂いが充満しましたが。
12時10分頃。ボディサイドにTEPCOと書かれたワンボックスがサイレンを鳴らしながら到着。しかも3台! 僕の部屋の真下に止まると、作業員たちがばあっと降りてきて、そのうちの一人は交差点付近の電信柱へ。
慣れた体さばきでした。信号機に備わる地名を記した標識あたりまでするすると登って、何をしたかわからない速さで手を動かしたら、一瞬で信号機が点灯。やはり信号機から直すのかと、ベランダで高みの見物の僕は感心。けれど建物はどうなるんだと、ふと部屋の中を見たら何食わぬ顔でテレビが喋っていました。それが12時30分頃。まぁ、電力会社には停電の原因がわかるんでしょうね。だから早々に復旧予定が伝えられるのかもしれない。
およそ1時間の停電騒ぎ。そこからどんな教訓を得ればいいのかわかりません。電気が戻れば、〇丁目は何事もなかったように日常を取り戻し、原因を疑われた工事現場もがあがあと作業を再開しましたから。
ただ、停電情報を検索中に遭遇した、10年以上前の情報にしばし目を奪われました。2011年3月14日付の計画停電のお知らせ。それこそが逼迫した事件だったと、不謹慎ながら懐かしさが込み上げてきました。ライフラインという言葉が浸透したのも、あれがその機会だったなあと。

まったくもって一瞬の復旧だった。でも、原因はあるはず。公表されるのかな。

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