これを書いている今も、つまるところ領土を奪い合う戦争がこの世界で起きています。武力ではなく、何とか話し合いで解決できないものかと心から思うわけですが、国民がわずか5名の小さな自称国家(ミクロネーションと呼ぶそうですが)も、傍から見れば小さな諍いがもとで独立したそうです。
時は1993年。オーストラリアのシドニーにあるモスマン市で暮らしていたポール・デルプラット氏は、市による全住宅周辺に舗装道路を敷設する都市計画に申請を出しました。ところがどんな行き違いがあったのか、その申請が却下されてしまいます。これに怒ったデルプラット氏は市に対して独立を宣言。オーストラリア先住民族のアボリジニの言葉で「私が」を意味するワイを用いて、2004年11月15日に『ワイ公国』を立ち上げました。
これに伴いデルプラット氏は、ポール・デルプラット1世に改名して君主に。国土は、一般市民時代に公爵が有した約700平方メートルの土地。そこに建つ自宅は公爵邸に変わり、共に住んでいた4人の家族はワイ公国の国民となりました。
しかし、申請の却下が気に食わなかったとは言え、国として独立するなんて酔っ払いの戯言に聞こえますよね。にもかかわらず、モスマン市の市長が了承してしまうのです。その経緯は不明。それから、いきなりワイ公国の国民となった家族の心情も、家族の誰かに君主を継ぐ意思があるかもわかりません。とにかく情報が少ないのです。
ただし、オーストラリア国は独立を認めていません。無論、国連の承認も得ていない。そりゃそうですよね。どんな事情があれ各家庭が国家として独立したら、この世界はかなりやっかいな状況になってしまいます。近所の商店街が各国の公爵や元首だらけになったら、ちょっとおもしろそうではあるけれど。
この話、大きな流れに同調しがちな日本人には理解しがたいメンタリティです。どうだろう。オーストラリア人にしても協調し難いかもしれないな。ただ、近所付き合いがどうなってしまうかも含み、それでも自分の主張は通そうとするところにささやかな感銘を受けました。
いやいや、それが家族5人による小さな主権争いだからかわいらしく聞こえるのだけど、国家であれ個人であれ、やはり話し合いと歩み寄りで平和を維持してもらいたいものです。
ワイ公国が他国(でいいのかな?)と幸福な関係性を保った上で、本日あたり建国記念祭が行われるのであれば、遠くからおめでとうを申し上げたいです。

いつからミッキー?
