数字嫌いが説く数字の意味

あるいはそれ自体に意味がない数字について考えてみました。
前の首相も宣言したように、温室効果ガスの排出をゼロにする、いわゆるカーボンゼロの達成を2050年とするのは世界的な潮流だそうです。そのためにはまず、2015年にパリで開催されたCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)で採択された「世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して2℃未満に抑える」という取り決めに従わなければなりません。その2℃未満は後に1.5℃に改められ今日に至っており、10月30日にイタリアで閉幕したG20サミット(主要20か国の首脳会議)でも、それら気候変動対策が重大な焦点のひとつになりました。
要するに世界的な会議の場では、参加する各国がそれぞれに様々な事情を抱えた上で、共通の目標を持つことを結論としたいわけですよね。特に、このまま放っておいたら悪くなるばかりの環境問題に関しては、科学に基づいた具体的な数字を示して。
ところが先般のG20サミットでは、カーボンゼロの達成について「今世紀半ば」という宣言に留まりました。世界的潮流が2050年を目指す中で、中国とロシアが2060年を主張したため、そうした曖昧な文言に落ち着いたらしい。けれど数字ではなく文字にした途端、目標に対する精度が明らかに落ちますよね。それで救われた首脳は少なくなかったかもしれないけれど。
ただ、2050年ですら今から29年後という近年です。今年生まれた子供は29歳。10歳なら39歳。20歳でも49歳。30歳だと今の僕と同じ59歳。いやいや、すぐに来ちゃうなあ。その程度の明日の具体的目標すら明確に定められないのが僕ら人類というのは、何というか、やはり残念という他にないですね。
何もかも数字で決めたくはない、というのは僕の個人的な見解です。もし数字だけですべてを判断されたら、僕などは生きていけません。しかしありがたいことにこの世の中は、どうにでも使い回せる言葉や文章で稼ぐ道を残してくれているので、今日も僕はご飯が食べられるのです。
そんな自分であっても、ここまで連ねた約850字の中で数字の記述は不可欠でした。数字自体に意味はなくても、前後の文脈でどんな意味を持たせるか。それもまた文章には不可欠な要素です。数字嫌いが言うと説得力は薄そうですが。
ところでG20サミットに引き続き、11月1日から英国でCOP26が開幕しました。首脳たちによる曖昧な宣言に対してどれほど鋭い数字を突きつけられるか、よかったらいっしょに見守りませんか?

こういうアナログティックな”卓”は消滅方向らしい。迫力あるのにね。

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