断腸であってほしい

テレビの話でもありますが、始まったばかりの大河『光る君へ』の前回放送で、くっと心に引っ掛かるシーンがありました。ざっと説明します。
その時代の名門中の名門である藤原氏の兼家。この人が三男の道長を叱ります。庶民っぽい服をまとって町に出た挙句、盗人に間違われた体たらくを嘆いて。何しろ兼家は強大な権力を欲する父なので、自分の出世を滞らせるような不祥事はすべて避けたいし、出世のためなら天皇に毒を盛るおっかない人です。
その兼家が道長に向かって言いました。政治を司る位の高い者は庶民の生活など気にする必要はないと。正確に覚えていないので、あくまで主旨です。いずれにしても、躊躇など皆無でさりげなく口にした姿にくっとなりました。
なぜくっとなったか? そうなんだろうなあと思っちゃったんですね。政治を司る者。位の高い者。あるいはそうでなくても、大勢の人々の将来に関わる大きな決め事に直面する者は、特にその決定で損を被りかねない、どちらかと言えば少数派を見ないほうがいいのだろうと。でないと、あの人には気の毒だなとか、俺を恨むだろうなとか、決心が揺らいでしまうのかもしれません。
それがより良い未来のためになるなら、勇気と覚悟を持って決断しなければならない。ゆえに然るべき立場の人は、断腸の思いで物事を実行する。そう、断腸であってほしいのです。やむを得ない犠牲であっても、犠牲になる立場をちゃんと知っていてもらいたい。そして、誰も見ていない場所でひっそり嘆き悲しんでほしい。
なんて期待はしないほうがいいのかな。10世紀を生きた兼家にも。あるいは現代を生きる然るべき立場の者にも。何というか、未来ではなく足元を見ている様子がありありと伝わってくると、いけないと思いつつ白けてしまうんですよね。それがまったくもって残念です。

福山あたりからだと、鹿児島中央まで行く便があるんだね。九州は近いんだろうな。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA