昨年末に決まった今回の広島ツアー。時間があれば立ち寄りたいと思ったのが、原爆ドームと平和記念資料館でした。広島市内にはこれまで二度ほど行ったことがあるのだけど、ドームは遠くから眺めただけ。資料館もどこにあるのかすら知らないままでした。
それじゃいけないという気持ちがあったのです。あえて言えば、日本人の使命感として。一方で、恐ろしい出来事から目を背けたい思いもありました。それは、高校の修学旅行で訪れた長崎の原爆資料館で否応なしに植え付けられました。展示が伝える事実が凄惨すぎたのです。旅先で浮かれた悪ガキ連中をしばらく無口にするほどに。だから、場所は違っても似たような情報に再び触れるのを怖がっていたのです。
けれど望んだまま仕事の合間に時間が取れて、使命感が勝つ形で行くべき場所に行けてよかった。前夜までの雨が上がったのも心の救いになりました。それで晴れ晴れとした気分になったわけではありませんが、もし空が暗かったらドームのそばを足早に通り抜けたかもしれません。
平和記念資料館。やはりずんと重いものが心に伸し掛かりました。ただし、40年以上前の長崎とは展示の傾向が異なっていました。当時の写真や絵が訴える凄惨な事実は同じだけれど、被爆者の遺品が中心で、見る者に亡くなった人たちの人生を考えさせる余地を残した構成でした。
「昔は原爆投下直後の人々の姿を模した蝋人形があってね。それがめちゃくちゃ怖かった。あれを小学生が見たらトラウマになっちゃうよ」
そう教えてくれたのは、昨日のここで紹介した、地元広島に戻ったKちゃんでした。それが現在の展示構成に変わったのは、比較的最近の2019年だそうです。
蝋人形がなくなったからといって、起きた事実がマイルドになることはありません。ゆえに何をどう伝えるかは、時代の流れに沿っていくものなのでしょう。しかし、展示方針を実物中心に切り替える際には反対意見が寄せられたそうです。また、そもそも原爆ドームを残すことにも異論があったと聞きました。被爆者やその家族の方々にすれば、辛い記憶の象徴になってしまうから。それは、余所者であると同時に戦争を知らない僕のような人間には到底持ち得ない感覚です。
そんな自分にない感覚を想像させてくれたのは、多大な犠牲を強いられた上で恒久平和を祈る街にしようと決めた広島、そして長崎の人々の決意と覚悟のおかげなのだと。それを僕なりに感じ取ることができて、やっぱり行ってよかったと思いました。

たとえようのない力を感じます。
