夢見の悪さが伝えてくれたこと

寝ているときに見る夢は、起きているときの脳が認知した情報の整理だと聞きます。ゆえに奇想天外な内容でも、おおむね自らの実体験から外れることはないそうです。確かに昨晩の夢は、ある事象に対して自分が取り得る行動をありありと示していました。
寝坊した夢でした。目が覚めたのが午後3時半。そんな時間まで寝ていた理由はわからず、体を起こしたベッドや部屋の様子もいつもと違う感じ。けれどひとまず、よく寝た爽快さだけはあった。
そこでハッとなるのです。今日は午前9時から用事があったんじゃないのか? そう気づいたのがパニックの始まり。そこで僕はまず、いつも枕元に置いて寝るスマホを探しました。ちゃんとアラームをセットしたのか、それは正しく作動したかを確かめるために。
けれど、あるはずの場所にスマホがない。慌てて枕をひっくり返すと、見たことのない形をしたスマホがいくつも出てくる。その不可解さが不安を増長させるのです。結局、自分のスマホは見つかりませんでした。
その最中にも、こんな都合のいい考えが巡るのです。オレがいなくても皆が段取りを進めてくれるんじゃないか? そうだ、必要な機材があればそれぞれの準備に問題はないはず。寝坊は何とか言い訳するとして、自分の順番を最後にすれば今日の予定は成立させられると。
そこでまたハッとなりました。必要な機材はオレのクルマに載せたままだった。であれば皆は今頃どうしようもなく困っているに違いない。果たしてこれからどうしたらいい……?
そこで強引に目を覚ました。最終的に夢を見ている自覚があったので救われたけれど、あれは本当に息が止まるくらい苦しい状況だった。しかしこの夢見の悪さは、現実世界で目覚めた僕に大事なことを伝えてくれたのだと思います。
まず、過去に何度かあった大寝坊の際のパニック感を見事に再現していました。自分がどこにいて何をしているのか、すぐに把握できないほど頭が真っ白になる感覚。それから、自分の不手際を差し置いて誰かの救済を期待するところも。嫌なものです。人としての度量や器量の乏しさを夢で明らかにされるのは。
なぜこんな夢を見たのか、ある程度の察しがつきました。おそらく、今週末のイベントに向けて相応のプレッシャーがあったのでしょう。それが取り返しのつかない失態で明示される理由はわかりません。けれどとにかく、大事な日には何があっても寝坊だけはしちゃいけない。そんな教訓を夢が示すこともあるんですね。気が弱すぎると責められた気もするけれど。

ガソリンスタンド跡地の工事、撤収から新造に切り替わった気配。

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