何でも当事者になるのも

メジャーリーグが開幕してから、午前中はほぼ毎日ドジャーズの試合を見るのが習慣になっています。大谷翔平さんが気になるから仕方ないのだけれど、弊害がないわけではありません。最大の懸念は、前夜を含めた、その日そこまでの世間の情報を知るのが遅れること。まぁ、試合の録画やライブ中継を見た後で知ったところで、実質的な問題は起きたりはしないんだけど。などという呑気さは、まさに高を括った悪い見本でした。
昨日のライブ中継の合間、先発の山本由伸投手も大谷選手も画面に映らないタイミングで他局のニュース番組にチャンネルを移したら、食品の異物混入報道が飛び込んできました。これがまた僕が好んで買う食パンブランド。「さっき朝飯で食べちゃったじゃん!」と声が出るほど驚いて、慌ててネットで調べたら、ブランドは同一ながら製品が違っていました。生産ラインも異なるらしいので、たぶん僕の食パンは大丈夫だと思うけれど。
何にせよ、テレビやネットで伝えられる事件や事故は、なぜか遠くでき起きているように感じがちです。それはおそらく、すぐ近くで事件や事故が起きていない幸運の連続がもたらす危機感の喪失に他なりません。だからできるだけ、数少ない自分の経験をもとに、実際の被害に遭っている方々の大変さを想像しようと努める。けれどやはり、想像は現実に勝てません。
ここのところは、当事者になったからこそわかる心情の変化に触れています。いやまったく、「そうらしい」と「そうだ」は完全に別物ですね。他者を思いやるなら、あれこれ経験しておいたほうがより親身になれるのでしょうが、かと言って何でも当事者になるのも、なかなかしんどいものですね。
さておき僕の食パン。袋の中をのぞいた限り異常は確認できず。でも、どうしたものだろう。

雨の日に履くべき靴は、完全に濡れないか、濡れていもいいかの二者択一。

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