たとえば映画やテレビドラマなど娯楽要素を含んだフィクションでは、記憶喪失を便利に使うところがありますよね。およそ主要な登場人物が、事故の衝撃や強烈な精神的ストレスによって、自分はもちろん特別な他者まで忘れてしまうというような。
物語としては大きな展開をつくれる要素だろうけど、実際に記憶をなくしてしまうのは、とんでもなく怖いと思うんです。よく耳にすることですが、自立した個を成り立たせているのは過去の記憶に他ならないから。
とにかく自分の名前すらわからなくなったら、僕は果てしないパニックに陥るだろうし、たとえフィクションであれ、そこから物語の中に戻れる気がしない……。え~と、記憶喪失について深入りするつもりはありません。
あんなに必死で覚えたのに、なんで忘れてるんだ? という場面に出くわすと、それはそれでパニックを起こします。元より記憶力が乏しい性質なので、日常的なたいがいは仕方ないと諦められますが、かつてさんざん練習したはずのギターのフレーズやコード進行が出てこないと、そのために費やした時間すら奪われたみたいで、本当に悲しくなるのです。
正しくギターを学び、僕の100倍以上もギターに触れ続けた人なら、ネックのフィンガーボードと呼ばれる細長い板の上の音をすべて知っている。しかし素人は、コードという型しか理解していないので、その出だしのコードが出てこないと、何も始められなくなる。
そのまま放っておけなくなったら、古い楽譜を引っ張り出すのがいい。それでコードの型を再確認すると、これが不思議なくらい、全部のコードと流れがよみがえります。他人事みたいに感心するんですよね、指が覚えているんだなあと。だからきっと、相応に体に叩き込んだものは、案外なかなか抜け落ちないのかもしれません。
ここで前段の話題に戻ります。記憶喪失を扱った架空の物語は、当事者が記憶を取り戻すのが常です。そうでなければ盛り上がりに欠ける。でも、そうなるのが目に見えてしまうと、僕は盛り上がれなくなる。あるいは、指が覚えている実体験の感動を越えることはないだろうと。
そんなわけで記憶喪失物は不得意分野です。「ひねくれ者はこれを見ろ!」という作品があったら、ぜひ紹介してください。

そしてまた地面を掘り返す。無駄の繰り返しではないんだろうな。
