誰も知らないけれど、というのは恒例の書き出しですが、自分の誕生日より忘れ難い日となりました。
8月4日は、2006年にTONAO TIMESが創刊した日。同日に生まれた赤ん坊は18歳になり、10歳だった子は28歳になり、20歳だった若者は38歳になったと数えてみると、やはり18年はなかなか重みのある歳月に感じますね。当時43歳だった僕は61歳になりました。ふむ、数字的には変容しているべきだろうけれど、ここで毎日何かを書くという作業を含め、中身がどれだけ変わっているかは自信がありません。
これも繰り返し記していることですが、この8月4日は、2002年に逝った父親の命日でもあります。立ち上げの準備中、創刊日をいつにするか考えたとき、こりゃ覚えやすくていいやと、その程度の判断でした。
実は僕の父親は若い頃に作家を目指していて、その夢が叶えられなかった幾ばくかの悔しさを愚息が晴らしてやろうとか、だからライターになったのかもしれない、みたいな驕りについては、18年間で約6500本をアップしたここで触れたかもしれません。
そうした過去の原稿が読めないというのも、ここでつぶやく本日限定の愚痴です。度重なるサーバークラッシュで、2021年7月以前のあらゆる記事が消失。だから18年間毎日何かを書き続けた証拠もなし。自分の書き物を読み返すことはほとんどしませんが、たとえば創刊当日に何を書いたんだろうとか、2011年の3.11からしばらくの間はどんな気持ちでいたんだろうとか、そのあたりを具体的に検証できないのはいささか残念です。
そんなわけで、読んでくださる皆さんにとっては、まったくもって18年分の手応えを感じられない日でもあります。僕にしても、18年続けたことで何を得られたかはよくわかりません。あるいは、18年間これを続けなかったことで何を失ったかも不明です。何しろ人生は個々それぞれオリジナルのワンウェイなので、アナザーウェイとの比較ができません。
その果てで、取り立てて意味を生み出せない結末を迎えても、それはそれでいいじゃないかというのも、毎年この日に湧いてくる気分です。目標など持たず、書きたいから書いている。
そんな身勝手に貴重なお時間を割いていただくのは誠に申し訳ないことですが、来年の今日もまた同じことが書けたらいいなと思っております。今後ともよろしくお願いします。

久しぶりの市ヶ谷。22歳の頃に通った編集の専門学校があった町でした。駅前の雰囲気はすっかり変わったけれど、お堀にかかる橋など地形はそのまま。何か懐かしかったです。
