学歴という条件ないしは

やっぱりそうなんだね、という話です。これもまた、偶然目にした記事が出発点でした。
「学歴差別と取られかねない発言で不信任決議案が提出される」
こういう話題は、事実の断片を切り貼りして伝えられるケースがあるので、注意深く扱わなければいけません。ひとまず、経緯はこんな感じみたいです。
議会で懸案になっているらしい工場誘致に関して意見を求められた某市長は、「工場は高校を卒業したレベルの皆さんが働く」「頭のいい方だけが来るわけではない」と発言。これを聞いた議員が即座に「差別だ」「撤回しろ」と詰め寄ったそうな。親切にもネット上にアップされている議会の音声データを聞いたのですが、個人的な感想としては、「差別だ」という言葉が飛び出た瞬間に差別が生まれたと感じました。
然るべき立場の人の失言は後を絶たず、「そういうつもりではなかった」と釈明するのも毎度のこと。けれど「つもり」で話す危険性について、もっと真剣に考えたほうがいいですよね。それから、発言には当人の規定値が滲み出るものだから、件の某市長が学歴やレベルを気にしている可能性は否定できないかもしれません。
このニュースの文脈を自分に当てはめると、高卒の僕は被差別者に該当するのでしょう。差別、ねぇ。20代の頃は、大卒じゃなかったことを揶揄されたりしました。フリーランサーになった40代の初めでも、気持ち悪いくらい話が進んだ専門学校の講師の依頼が、履歴書を提出した途端に消えたこともあったなあ。
思い出せば腹立たしい仕打ちもあったけれど、僕はそれ、条件と受け止めました。理解できるのです。人材を求める側にすれば、実際に働いくまで人柄やパフォーマンスはわからないにせよ、一定の学歴を有することで安心できますからね。
ただ、既存の価値にとらわれない働き方が推奨されるようになった現在でも、学歴という条件ないしは差別が存在している事実を知って、小さな溜息混じりで「やっぱりそうなのね」と思っただけです。大人になって社会を泳ぎ続ければ、僕ですら受け入れてくる条件があちこち浮いているのにね。

まだ来るね。

 

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