毎日何かしらの記念日ですが、歴史的に文化的に、よほど特別でない限り注目されないケースが多いような気もします。それでも意味と意義のため制定を実現させる方々はいて、そんな人々のおかげで毎日何かを書かんと躍起になる僕は、わりと頻繁に救われることになります。改めて感謝を申し上げます。
そんなわけで今日は「妹の日」。制定したのは、30年ほど前に亡くなられた漫画家・著述家の畑田国男さん。この方は、兄弟や姉妹による性格分類等の研究もされていました。それもあって率先して、兄は6月。弟は3月。姉は12月。妹が9月の、いずれも6日が各々の「日」と決めたそうです。兄弟姉妹にはそれぞれ象徴的な星座があり、各期間の中間日に当たるのが6日なので、以上のような結果になったと。
本日の「妹の日」は、妹の可憐さを象徴するのが乙女座という理由らしいです。だから9月の6日。もうすぐ誕生日の僕が姉妹の年下女子だったら、まさしく象徴的な可憐さをたたえた妹になれたかもしれない。いやいや、いくら妄想でもそっち方向には行き難いですよね。想像するとしたら、「もし自分に妹がいたら」が妥当でしょう。
実のところ、二人兄弟の長男である僕は、「妹がいたら」について何度か考えてみたことがあります。とは言え結局は想像の域から出ないので、「可愛い妹がいたら」などという、兄というより男性としての、些末で傲慢なイメージしか浮かばないんですけれど。
ただ、友人知人の観察からそれなりの確証を得ているのは、異性が混ざった“きょうだい”の中で育つと、異性に対する遠慮が少ないんじゃないかということ。それは恋愛観にも影響を与えると思います。
“男きょうだい”の僕の場合で言えば、若い女性の生態を知らずに育っているので、女性に対して勝手な理想を抱きがちなところがあるわけです。正確に言えば、理想というより「そんなはずはない」といった固定観念でしょうか。これに関しては、やがて方々から「そんなはずなのよ」と諭されることになります。
いやまぁ、弟にもあれこれ学ばせてもらったけれど、妹だったらまったく別の学びがあっただろうし、その期待は今生では叶わないなあと少し残念に思うのが、要するに僕にとっての「妹の日」になります。いかがでしょうか、畑田先生。

妙に惹かれてまとめ買い。特製オイルの罠だな。
