いつもの立ち飲み屋。扉を開けた瞬間、顔見知りから「うってつけの先生が来た」と歓迎されました。21歳の女子大生バイトに向けて、昭和の部活の実態を話していたらしいんです。運動中の水分補給禁止とか連帯責任と称された体罰とか、「そんなの普通。ほぼ軍隊だった」と会話にすぐに入れる点で、ミド昭和生まれの僕は、確かに適任講師だったかもしれません。
でもなあ、そういう飲み屋でありがちな話題ってどうなんでしょうね。令和の学生にしたら、その手の昭和エピソードはびっくり日本昔噺みたいに聞こえるだろうし、いちいち驚いてあげるのも面倒臭いって思っているんじゃないかな。話すほうにしても、現代とのギャップを自慢しているようで、時々胸が痛くなります。
けれど、実体験を伴った時代や社会の違いを聞き合う場面というのも、実は限定的です。会社などで年若に話せば、「それを強要する気ですか?」とハラスメントまがいで訴えられるかもしれない。となれば、飲み屋で若い子に「昔はさぁ」と管巻くくらいは、せめてものご愛敬なんでしょうかね。
ただ、常に気になるのは、話を聞いた若い子たちの感想です。
圧倒的な影響力を持っている日付があります。9.11はその筆頭。「アメリカ同時多発テロ事件」が起きた2001年のその日、自分がどこにいて何をしていたかは前に書いたので、今回は触れません。いずれにせよ現場とは14時間も時差がある日本にいた僕は、事態の展開をただただ見守るしかなかった。そのときの、世界の終わりを感じさせるような不穏に怯えた気持ちは、あれから23年経っても忘れることができません。
そうした感覚は、それ以降に生まれた人たちには体感として伝わらないと思います。たとえば、昭和生まれとは言え戦争を知らない僕ら世代が、高齢者に戦時中の体験談を聞くのと同じように。けれど過去からしか学べないとしたら、昔話を粗末にはできない。たとえリアルに体感できなくても。
そんなふうに思う若者はきっといますよね。であれば、そんな若者に聞かれても困らないよう、個人的な昔話を整理しておいたほうがいいと、そういう世代になったんだと思ったりしました。ギャップ自慢もおもしろくはあるんですけどね。

名もなき路傍の花。いや、たぶん、ヤマハギ?
