感謝が連鎖する中で

昨年の秋に買ったキャッチャーミット。軟式用としてはかなり良質の皮を採用したモデルで、その分だけ硬めで、それなりに使ってきたけれど、今ひとつ手に馴染まないでいたんですね。
心配になりました。新品状態はすごくカッコよかったのに、オレの育て方が悪いせいで型を崩したんじゃないかと。まぁ、ミットやグローブは使う者の好みが反映されるので、正しい型というのはないと思うのですが、元々の設計に即した使い方を意識していけば、誰が見ても捕りやすい、つまりはいいミットになってもいくわけです。
その道筋を間違わずに歩んでいるのか? これは素人に判断できないので、自宅から約10キロ。平日の昼間にクルマで30分弱の、そのミットを買った店で診てもらうことにしました。診断結果は以下の通りです。
「とてもいい型ですよ。手入れもいいし。このまま使い込んでいくだけで大丈夫です」
そう言われたときの、うれしさよりも安堵が込み上げる感じ、共感してもらえるかなあ。幼子の成長にたとえようと思ったものの、僕には子供がいないから比較できる実体験がないし、それに革製品と子供をいっしょにするのも違いますよね。いずれにせよ、育て方は間違っていなかったみたいです。もっと使い込んで鍛えていけばいいのね。
ほのぼのとしたよろこびに包まれたまま帰宅したら、ポストに不在通知。宅配ボックスを開けたら、山梨の古い友人から新米の贈り物。会えなくなって久しいのに、毎年欠かさず送ってくれるのです。しかもここのところは米不足が騒がれているのに、ありがたい限りです。
こういう心遣いにはただただ甘えるしかなく、けれど申し訳ないというより、やはりうれしさが勝りますね。あちこちいろいろ感謝が連鎖する中で、今日も僕は生かされている。そんなことをつぶやきたい1日でした。

不安が解消された途端に自慢。いい型に育ってるんだって。

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