無恥

今週あたり、ずっと頭にこびりついていた言葉は「厚顔無恥」でした。ご推察の通り、某知事の言動が発端です。この四字熟語について改めて調べたら、ちょっと驚く記述に出会いました。本来は「厚かましくて恥知らず」という意味なのに、むしろそのほうがいいと受け止める人がいるという。それはおそらく、「厚顔無知」の誤用が原因でしょう。
「面の皮が厚くて何も知らない」となれば、鈍感力の高さで「猪突猛進」が可能で、他者に流されない自信すら携えているように見えたら、戦国武将を評するような「唯我独尊」まで意味の拡大が可能になるんだろうか。「唯我独尊」も字面は勇ましいけれど、自分だけが尊いと信じ込む身勝手さを表した四字熟語ではあるのだけど。
そうではなく、やはり「無恥」が重大なポイントなんですよね。恥を知らないことが人としてどうなんだろうと。それが権力を有するリーダーなら、「無恥」な行動規範は果たして適材なのかと、そこが誰もの疑問点になっているのだと思います。
では、恥とは何か? 難しい話題にしちゃったな。たとえばキリスト教が浸透した欧米人は、自身の行動規範は戒律に反するかどうかが基準となり、反した場合に罪の意識が芽生えるそうです。対して宗教的戒律を持たない日本人は、世間から批判されかねない言動を起こしたとき、恥の意識に縛られるらしいです。これは外国人による評価なので、日本人としてはそうじゃないだろうと思うところもありますが。
ただ、自らの行動規範に恥の観点が一切なく、なおかつ人から反感を買うような行動をしても罪の意識すら芽生えないなら、自分が衆人環視のもとで罪を問われる理由がわからないのも無理ないかもしれません。
それなら「厚顔無恥」でいいのか? やっぱり、よくはないよなあ。文化や言語は異なっても、世界中には「無恥」を理解する心はあるはず。何よりも、疑念を抱かれたせいで仕事が止まっている責任に鑑みれば、自分が適任かどうか正しく判断すべきじゃないでしょうか。「それでも」という考えが浮かぶその一点ですね。この件で興味が及んでいるのは。

眼下の新築工事現場。各階にセメントだかコンクリートが流し込まれました。仕事が速い。

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