矢面

矢面に立つ悲哀のようなものを感じております。新しい総理大臣の話です。
好き、というのはナニですが、ずっと興味を持って見てきました。ごくシンプルに言えば、正論の人だと思います。しかし、道理にかなった正しい意見や議論を生み出す考え方がピュアなほど、嫌われたり疎まれたり、あるいは周囲から「大人になれよ」と揶揄されたりもする。僕にしても、青臭い意見は案外大事と思っていても、そればかり口にされたらうんざりしそうです。
けれど、政治がどういう世界であれ、そこに身を置く人にリーダーシップが求められるのであれば、耳触りのいい曲論を喋るより、苦味を感じる正論を語るべきだと思います。可能な限り自分の言葉で。
ただし組織の中では、正論は煙たがられてしまう。そうして新総理は長い間、党内野党という立場に追いやられてきた。そんな特殊さをメディアがおもしろがったことで世間の認知度が高まり、巷では常に次期総裁候補に挙げられてきたのは皆さんもご存じの通り。こんなこと言ったら確実に叱られるけれど、決して人受けする人相でもなかったのに。いやまぁ、あの顔つきと正論のセットだから信用度が高かったのかもしれませんが。
でもなあ。第102代の内閣総理大臣になってから今日までは、確実にらしくないんですよね。事情が許さないんだろうけれど、発言も原稿から目を放さないし、だからちょっと小さく見えたりもする。これは完全な妄想ですが、もしやご本人がもっとも驚いているんじゃないでしょうか。なりたかったリーダーになってみたら、ここまで窮屈を強いられるのかと。あるいは矢面に立つとは、正面からだけではなく、足元や背後からの攻撃も受けなければならないのかと。
じゃ、好きに正論が吐けるポジションにい続ければよかったのか。しかし、孤独のままじゃやりたいこともできないだろうし。いずれにしても望んでリーダーになるのは、僕が想像するよりはるかに重大な覚悟が必要なのでしょう。
でも、久しぶりに見守りたい政治家になりました。物騒なことを言いますが、たくさんの矢が刺さっても最後まで立っている姿に期待しています。

近所でよく見かけます。僕が18歳で路上教習したときは、背中が汗で湿りました。

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