1974年10月14日は月曜日

忘れ得ぬ日付があります。ゆえに、ともすれば過去に触れた可能性もありますが、それを恐れずに書きます。
10月14日は、長嶋茂雄さんが後楽園球場に集まった満員のお客さんに向けて、現役引退セレモニーを行った日です。1974年。僕は12歳の小学6年生。もう半世紀も前のことなんですね。
若い人たちは、長嶋さんに関する知識がほとんどないと思います。けれど、この国の近代文化史を学ぶつもりで覚えておいてください。野球が好きでも嫌いでも、高度成長期のこの国では、長嶋茂雄を知らずに過ごすことができなかったほどの、この人はあらゆるジャンルを超越した日本初のスーパースターです。
大袈裟に聞こえたかな。じゃ、こういう話をします。今もって国内でメジャースポーツの地位を維持しているプロ野球は、実は長嶋さんの巨人軍入団と同時に人気を博すようになったのは知っていますか? 長嶋さんのプロ入りは1958年。それ以前に世間の関心を集めていたのは大学野球なんだそうです。立教大学時代も大活躍した長嶋さんがプロ入りするというので、誰もが長嶋さん見たさにプロ野球を観戦するようになった……。ふむ、僕が生まれる前の話なので、イマイチ説得力に欠けるかもしれない。
じゃ、これはどうでしょう。長嶋さんが引退セレモニーを行うと知っていた僕はその日、小学校で午後からミニバスケットボールの練習をしなければなりませんでした。だから、中日ドラゴンズとのダブルヘッダー(1日2試合)観戦は諦めたのです。しかし、セレモニーだけはテレビの生中継でどうしても観たかった。それは、長嶋さんに憧れた少年としての使命感でした。
練習を抜け出した方法はまるで覚えていないのだけど、僕はテレビが置いてある視聴覚室に一人で潜り込んだのです。今思えば、小学校と自宅は徒歩1分だったから、家で見てもよかったはずなのに、そのときは視聴覚室でなきゃと決めていたみたいです。どんな使命感だったんだか。
大勢の視線を浴びながら引退の言葉を発する凛々しさは、語彙が乏し過ぎた脳にダイレクトプリントされたせいか、いまだに言葉にできません。とにかくそれは、僕がスーパースターを目の当たりした人生最初の日だったという他にないのです。もし機会があれば、どこかで映像を探してみてください。僕は長嶋さんが発したメッセージの多くを今も覚えています。
ただ一つ、そんな重要な日なのに、最近まで曜日を間違えていました。午後からミニバスケの練習があったし、画面に映った球場にも大勢のお客さんがいたから土曜日だったに違いない。ところが1974年10月14日は月曜日。いやもう、僕の記憶の曖昧さが長嶋さんの功績に対して説得力を薄めていくのだとしたら、本当に残念です。話さなきゃよかったかもしれないな。

良い月夜。本当は半月。その素敵さが写せない。

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