一定の周期でもあるかのように、慣用句をもとにしたジェネレーションギャップが時折話題になりますよね。最近だと「一丁目一番地」でしょうか。それ、意味は理解しているけれど、僕ですら使う場面がないので、若者が知らないことに驚きはしません。というよりも、世代に関係なく真面目な会話が求められる会社勤めではないから、そもそも世代差を感じてたじろぐ機会が少ないところがあります。けれど稀に、「そうなのかぁ」と感じ入ることがなくもないわけです。
いつもの飲み屋の雑談。ある呼びかけに応じて海外に行く人から、「トナオさん、よかったら取材してくれてもいいですよ」と冗談交じりで言われました。なかなか興味深い取り組みなので、冗談を真に受けてもよかった。そこで、こう返しました。アゴはさておき、アシとマクラがつくなら考えると。
「アゴ? アシ? マクラ? 何それ?」
真っ先に反応したのは、20代後半の女子。秘密の呪文でも耳にしたような表情を浮かべていました。それを受けて説明してくれたのは、広告関連で働いている40代男子。
「アゴは食事代。アシは交通費。マクラは宿代。それを持ってくれるなら仕事として受けますよって話」
アゴ・アシ・マクラって、業界用語なんですかね。それとも世代差を浮き彫りにする慣用句なのだろうか。雑談が続いている最中、その辺が見極められなかった僕にはモヤモヤしたものが残りました。
慣用句をもとにレーションギャップを話題にするのは、たいがい上の世代。でもって、若者言葉をどれだけ知っているかを同世代で競い合うのも、毎回のオチ。
「それが何なの?」が僕の感想です。常識は変化するし、それに伴って慣用句も死んだり生まれたりするから、今を知るために必要なワードだけキャッチアップすればいいと思うんです。何よりも、使い慣れない言葉を口にするのはカッコ悪いじゃないですか。
翻って自分が若い頃は、少なくとも仕事をする上で知らない言葉を耳にすると、恥や焦りを感じたものです。だから現代の若者も、知っておかなきゃならない慣用句をリサーチしているんじゃないでしょうか。となれば上の世代は、下の世代が関心を寄せる言葉を使うよう努めなければならないはず。あるべき大人の姿として。などと大見得を切れば、自分の首を絞めるだけですが。
「へぇ、アゴ・アシ・マクラって言うんだ。今度使ってみよう」
これは、件の20代後半女子が雑談を締めたセリフ。そんな場面はまずないだろうから、無理に覚えなくていいよ。

舞台裏の通路や楽屋に出入りできるパスを気取って脚に貼ったら、すぐに剥がれ落ちた。
