懐かしい人たちとの再会2連チャン。2日目は中学校の同級生でした。かつてチャリンコで遊びに行っていたH君の自宅のバーベキュー。元々はH君のお姉さんの元同僚による集まりだったのだけど、これ幸いとH君が同級生にも声をかけたらしい。そういう細かいことは気にしない調子の良さは、昔とちっとも変っていませんでした。
どうしようもなく変わっていくのは、ガキだった頃の面影を残している同級生たちの境遇です。全員が60歳を超えた同い年で、会ったそばから定年退職の延長やら、次の仕事の確保やらを話題の中心に据えていました。それだけならいいんです。同世代の情報交換になるだろうし、同級生だからこぼせる実情もあるでしょう。ただ、話の枕が「もう歳だから」とか、「60歳を過ぎたら」とかになるのを聞いて、とても悲しくなったのです。
そうした憂いの傾向は、昨年の秋の同窓会でも顕著でした。それから1年しか経っていないのに、彼らを取り巻く現実はより深刻になったのかもしれない。いやもちろん、自分だけが心身ともに若々しいと思っているとか、定年がない仕事環境において安泰をキープできているわけでもありません。年齢相応にあれこれ不安は募るばかり。けれどせめて同級生には、容易くくたびれてほしくない。そして、思い出話だけに関心を向けるのではなく、これからの楽しみに興味を寄せてほしい。
なので集まった連中に、勝手に課題を出しました。旅と釣りが好きなTには全国釣り行脚をして、行く先々で写真を撮って送れと。するとスマホで写真を送る術を知らないと嘆くので、まずは娘さんに習えと。それから高校時代に買ったギターがまだ家にあると言ったIには、もう一度ケースを開けて弾けと。無趣味と反論したOを問い詰めたら、学生時代はワンゲル部で活躍した話を打ち明けたので、ならば低山から山登りを始めろと。地方での仕事を辞め、間もなく生家に居を移すHは、改めて地元に慣れると答えたので、許すことにしました。彼は趣味で吹奏楽をやっているので、まぁ大丈夫だろうと。
こうした場合、口角泡飛ばしで矢継ぎ早にしゃべらないと、「じゃ、タムラは?」と切り返されます。いいのオレは。一人で無駄に老いと戦っているから。
そんなこんなで、次に会うときに結果を報告してもらうと言い残して、先に帰りました。みんなの状況、自分なりに理解しようと努めているんです。でも、これまでより増えるらしい自由になる時間を、酷使してきた自分を楽しませるために使ってほしい。何よりやっぱり同級生には、簡単にくたびれてほしくない。厄介な年頃だけど、オレも頑張るから。

薄雲をものともしない自己主張強めの月光。スーパームーンだったらしい。
