どんなにジタバタしても、今年は間もなく終了。この時期に迫られる作業のひとつが文房具店通いです。
買うものは二つ。まずは手帳用のリフィル。12月ともなれば、カレンダーに沿った2025年版が発売されます。いつだったか年を越してから店に行ったら、長年使っていたタイプが売り切れていたので、年内中にそろえておくべきアイテムになりました。
要するにスケジュールを確認するためのツールなので、スマホのアプリに置き換えてもいいんです。でも、僕はいまだにスマホの小さなキーを打つのがヘタクソで、なおかつ手で書いたほうが記憶に残りやすいんですね。それゆえかさばる革製カバーの手帳と、毎年更新される紙のリフィルが欠かせません。
買うものもう一つは、ポチ袋。正月に会う甥と姪と、それから母親に渡すお年玉用です。妹は、兄がもらえる年齢まで頂かないと不公平と訴えております。兄に渡し終える年齢は決めていないけれど、それぞれ家庭を持つまでが妥当なんですかね。
母親のほうは、こう言っちゃナニですが、存命中は継続でしょう。以前は「悪いよ」とワンクッション置いてから受け取っていましたが、最近は「はい、どうも」と素直です。こういう儀礼的行為は、長く続くことが大事なんだろうなあ。
さておきポチ袋は、複数枚セットが難点。母親用と甥姪用でデザインを分けるので、毎年必ず余ってしまう。それを正しく消費するため誰かにお年玉をあげるというのも、合理的ではない気がします。
しかしこの時代、紙を使うこと時代が非合理なのかもしれません。スケジュールはスマホで管理できるし、お年玉もデジタル送金が可能。そんなの味気ないと抗えば、環境問題をどう考えるんだと叱られる。それでも儀礼および儀式的な行為は、昔ながらのスタイル、つまり紙を生かす文化を守りたいと思うのですが、いかがでしょう。その分の金銭的コストや、人手が増える年末に文房具店まで向かう労力を払ってでも、そこだけは紙だろうと。僕が行った店では、リフィルやポチ袋を買い求める人が少なくなかったですよ。

たぶんキンカン。思わず摘まみたくなる。
