究極の現状維持について

世間の歓喜も一通り落ち着いた頃と見計らってつぶやきますが、先日の箱根駅伝で究極的な現状維持を目の当たりにしました。
青学大の2年連続かつ8度目の優勝。想像するまでもなく、各チームは「打倒青学!」を誓い、各校の卒業生や関係者も母校の勝利を願ってやまないはず。なのにやっぱり、彼らが勝ってしまう。
その常勝っぷりを現状維持ととらえるのは間違っているでしょう。けれど、出場する以上は誰だって優勝したい。今年勝てたなら来年も勝ちたい。それがいかに困難であれ実現しているのが青学大だとしたら、それは究極的な現状維持の達成だと思うのです。
そんなもん見せられたら、僕がこの十年くらいずっと自分に言い聞かせている現状維持が恥ずかしくなりますよね。あんなふうに走れないことは自分がもっともわかっているし。
ただ、青学大の優勝後に伝えられたニュースによると、監督は自らの退席を検討し始めているらしいんですね。すると遅かれ早かれ、監督としての物語は終わりを迎えることになります。一方でチームは、新たな監督を迎えて存続していく。その流れに鑑みた場合、現状の縁に立つ僕は、個人と組織のどちらに自らの今後をなぞればいいのか、そんなことを考えてしまいました。
いやいや、わかっています。常勝駅伝チームとくたびれた自分をいっしょにしたって、何も始まらないことくらい。ふむ、何を見ても自分事にしてしまうのはいいことなのか、そうでないのか。ひとつ確かなのは、いくつになっても悩みが途絶えないなんて、現状で20代の甥や姪の頃にはまるで想像できなったことです。それに自分が彼らと同い年の時期は、箱根駅伝に人生を見ることなんてなかったんですよね。

年が明けて桜の枝ぶりが気になるなんて、あまりに現金だなあと思って。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA