「本屋、怖い」

駅前の本屋さんが間もなく閉店するそうです。その話を耳にして最初に感じたのは、何とも言えない後ろめたさでした。
僕は本屋が怖いんですね。まず、ふと立ち寄るとあれもこれも読みたくなってしまう。それで気づけば片手で持ちきれないほど買い込んでしまうのに、家に帰ると机の片隅に積み上げたまま目を通さない本が多いから。
そうして後悔するのは無駄遣いではなく、知識欲を凌駕する物欲の制御ができなかったこと。やはり本は、買って満足しちゃいけない代物です。だから本屋は、買うべき対象を見定めてから行くべし。そんな誓いを立てても、次に訪れたときには阿呆になって長時間居座ってしまうのです。有名な古典落語の「まんじゅうこわい」を体現するみたいに。
そんな行為を繰り返すのであれば、本屋にとっては上客と言えるかもしれません。なのに閉店に後ろめたさを感じたのは、最近の僕の本の買い方が変わったから。
アマゾン、多用しちゃうのです。特に発行が古い本は、ネットで見つけて一点買いするのが便利。発送も早いし。それは極めて合理的な買い物ですが、失ってしまったものもあります。
かつての本探しは、ひたすら書店を歩き回るか、時間のかかる取り置きを頼むしかありませんでした。けれどその探索過程には、予期しなかった様々な本との出会いがあったのです。そのせいで「本屋、怖い」と何度つぶやいても、実は自ら本棚の迷宮に迷い込むのがうれしかったんですよね。
そんなフィジカルな体験を放棄しかけている。これが後ろめたさの正体です。いや、僕が何を感じようと、あるいは足繁く通っても、その本屋さんの閉店は時代的な予定調和なのかもしれません。とは言え、いつもそこにある安心感がまた一つ町から消える事実に触れて、僕のような悔やみを抱く人は他にもいるんじゃないでしょうか。
厚顔無恥を決め込んで、閉店までに訪れようと思っています。できれば自然に「本屋、怖い」とつぶやけたらいいなと。それで後ろめたさが解消されなくても。

ずいぶん車輪の小さいチャリンコと思ったら、ナンバー付きの電動原チャリなのね。

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