左遷の日って……

そんなこんなで日付にまつわるトピックを探していると、時に思い出したくもない記憶を呼び覚まされたりします。
1月25日は『左遷の日』。藤原道真が京の朝廷から筑前国(福岡県)の大宰府に異動を命じられたのが、延喜元年一月二十五日(901年2月16日)だったからだそうな。それを左遷と呼ぶのは、道真を疎ましがった者の勝ち名乗りと言えるかもしれません。
有力なのは、道真が右大臣に昇進したときに左大臣を務めていた藤原時平の陰謀説。時平は、学問と政治の才を兼ね備えていた道真を妬み、醍醐天皇に陰口を伝えまくったらしいんですね。そうして道真は、ほぼ罪人状態で地方に飛ばされました。
そこからの生活は悲惨だったそうです。政務に就くことは許されず、従って給料もなし。衣食住すらままならなかった道真は、大宰府で2年しか生きることができなかった。それほど厳しい立場に追い込まれるから、左遷は誰も望まない処遇ということになったのでしょう。
組織に属さない僕には、異動や左遷の経験がありません。しかし、出禁に遭ったことがあります。どこまで書こうか? まぁ、ある試乗会イベントの取材で、僕が運転中に白バイのお世話になってしまったんですね。軽微な違反でしたが、イベント中の出来事なので、すぐさま現場担当者に報告しました。それが、僕の想像と違って大事扱いになった。おそらく担当者にすれば、取材者の違反を自身の監督不行きに感じたんじゃないでしょうか。
その結末が、クライアントからの半年間の発注停止処分。後に聞いたところによると、クライアントの偉い人はそこまでしなくていいと言ってくれたそうです。けれど下請けの責任者の進言により、僕は違反点数の加算と反則金の支払いに加え、仕事を失う処罰を受け入れざるを得なくなりました。
それを理不尽や憂き目とは言いたくないんです。そもそも僕が違反などしなければよかった話だから。ただ単に、「何か違うかも?」と思い返したくないだけ。なのに今日の記念日を知ってしまったばかりに……。
『左遷の日』の恐ろしさは、間違った異動命令を出さない心掛けにも向けるべきかもしれません。道真が亡くなってから約30年後に起きた平安京内の落雷死傷事故は、怨霊と化した道真の呪いとされました。怨霊の実在は不確かながら、酷い仕打ちの記憶は人の心に巣食うという真理を説いた逸話かもしれません。ちなみに、僕は誰も呪っていませんよ。

僕のクルマは見た目オンボロでも、部品交換でまだ走れるからポンコツじゃない。

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