今日的ミーティングの作法を知らずに

都心のオフィスビルで行われたミーティングは、近代的な造りに準ずるかのような、極めて淡々と進行するものでした。それぞれの発言にも無駄な熱が帯びていないのは、都会的と言っていいのかもしれません。けれど僕は、その空気に馴染めなかったのです。それはおそらく、一介のライターとなり、仕事の打ち合わせが極めてシンプルになって以降、複数の立場や事情を考慮した話し合いに不馴れになった末路なのでしょう。
例によって昔話ですが、編集者時代の僕が頻繁に参加したミーティングは、およそその場ですべてを吐き出すのがルールでした。それは同時に、無言を通したらあらゆる決定に同意したと見なされるわけです。だから異論や反論、あるいは自分のやりたい企画があれば、とにかくミーティングで発表しなければならなかった。
そんなある種の戦場みたいな場から、名案が生まれる場合もあれば、くだらない珍案や愚案に笑い転げた挙句、ろくな成果が出せずに終わったケースも多々ありました。けれどせっかく時間を割いて顔を合わせたなら、とにかく皆で意見を交わし合う。それを楽しむのが、僕の知っているミーティングなのです。
いやいや、わかっています。誰よりも優れたアイデアを持ちながら、そういう場所で話すことが苦手だった人もいたに違いありません。それに今は、メールなどで詳細をやり取りする方法があるから、会議室で口角泡を飛ばすような討論をしなくていいのかもしれない。
なんてことを自分に説き伏せながらミーティングに参加したわけですが、何かこう、疼くんですよね。小さく頷くことですべてに同意でいいのか? それがここまで足を運んだ意味なのか?
結局、あくまで問われた上で、現時点で自分が確かめておきたい事柄のほとんどを聞き出してしまいました。今日はそこまで踏み込まなくていいかもと思いながら、疼きを押し殺せないままに。
今日的ミーティングの作法を知らずに清潔なオフィスビルに紛れ込んだ、珍奇な異物に思われたかもしれません。それでも、個人で得た収穫に満足できた時点で、僕はすっかりフリーランサーなんだなあと思いました。ひとまず、このあとも嫌われないといいけれど。

どちらの色が先に咲くのか知らないけれど、近所の軒先は紅白ともに見頃です。

 

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